「頼まれて連れてきたはいいけど、私一人が盛り上がっちゃって何か悪いなぁ」


両手を頭の後ろで組み、スタンドの中央へと歩き出した。

少し間を空けて後に続き、彼女の後姿を見つめる。

水面を見つめる目は、着いたときと変わらずに輝きを放っていた。

本当に彼女は競艇が好きで、恐らくいつも変わらずに胸を躍らせながらその目で見ているのだろう。



そんな彼女を想像し、小さく笑う。


「そんなことないですよ、今日は来て良かったです。

水面は銀色に輝いて幻想的だし、風は爽やかで気持ちいい。

そして、何よりもそこを走るボート、六艇が凌ぎを削って勝負するレース・・・

どう言っていいか分からないですけど、とにかくすげぇ良かったです」


こんな言葉で彼女に今日の僕の気持ちが伝わるとは思えず、自分の文章力の無さと口下手なことを恨んでしまう。

それでも、今の僕の気持ちは本当に清々しいくらいに良かった。



ほんの少しでも気持ちが伝わったらしく、彼女は「そう」と嬉しそうに呟いてこちらを見てきた。


「今はまだ仕事を決めることが先だけど、今日のことを背景にしたものを書きたいです」


嬉しそうだった彼女が、何かに驚いた表情へと一変した。

そんなに不思議なこと、変なことでも言っただろうか。


「あっ、俺、実は携帯小説を書いているんですよ」


「あきらめられない夢に」


「えっ」


「もしかして、宮ノ沢くんって『宮沢ニノ』?」