「触らないでっ」


叫びにも近いその声に、僕は戸惑いを隠せなかった。

抱え込んでいた手を片方だけ離し、右手だけで彼女を支えるのが精一杯だった。


「あのとき、病院に来てくれて本当に嬉しかった。

私を励ますためでも、その逆で無意識だとしても、どちらにしても『まくり』って呼んでくれて、暗くなっていた道に光が差した気がした」


彼女の手が、足が、体全体が小刻みに震えている。

顔に視線を向けると、その目からは涙が流れていることが、外灯が反射して分かった。


「駄目だよね、私。

宮ノ沢くんに振られているのに、こんなこと思ったら」


思い切り抱き締めて、その震えを止めさせたい。



優しく手を差伸べて、その涙を拭ってあげたい。



そのとき、右手を突き離され、もう一度彼女の右手が僕の左頬を思い切り振り抜いた。

今度は僕から遠ざかっていってしまったため、彼女を抱え込むことができずに地面に倒れこんでしまった。


「大丈夫か」


「しっかり、しろぉ!

こんなこと言われて、ぐらついているんじゃないよ」


地面に視線を向けたまま、今度は涙だけでなく、こちらでも聞き取れるくらいの大きさで彼女は泣いていた。


二発叩かれた痛みは、頬ではなく胸の奥にまで届いたような気がした。


「そんなうじうじした男に私は振られたかと思うと、情けないじゃないか!」


また一つ、僕は彼女に借りを作ってしまったようだ。

けれども、おかげで目が覚めた。

どうやら、この借りは相当大きくなりそうだ。


「ありがとう」


そう言いながら肩を貸すと、泣きじゃくった不細工な顔だが彼女にようやく笑顔が戻った。