あきらめられない夢に

それからしばらくして、目の前のテーブルの上には彼女の手作りの料理が何品か並び、ようやく二人は乾杯を交わすことができた。


「お疲れさま」


労いの言葉を掛けたが、彼女の表情から曇りが取れることはなかった。

僕は場所を彼女の隣へと移動し、そっと髪の毛を撫でた。


「仕方がないよ。

市からのお願いじゃ、劇団としては断れないよ」


公演が決まっていた日、突然、松阪市が会場を使用することが決まった。

地域の劇団よりも市が優先されることは当然のような流れで、劇団は会場を変更するか、公演を延期するかの二択を迫られた。

そして、団長さんが下した決断は後者だった。


「でも、あまりにも突然よ」


彼女が納得できないのは、舞台が既に完成に近い形になっていて、少しでも早く公演したいという自信の表れでもあった。

それでも、団長は日時よりも会場を取ったのだ。


「たくさんの人に公演日を告知しているから、普通だったら会場を変更するじゃない」


愚痴をこぼしながら、彼女にしては無謀とも思える量を一気に飲み、ビールの缶を力強くテーブルに置く。

余程、延期にしたことが気に入らなかったのだろう。

これほどまでに、団長の決定事項に文句を言う彼女は初めてだった。


「まあ、会場に何か拘りがあるのかもしれないし、『あきらめられない夢に』を譲ってくれたんだから、ここは団長さんの言うことを聞こうよ。

それに、劇団が少しでも長く残ると考えればいいじゃん」