「お前、変わったな」


頭を上げ、前を見る。

無駄な音が一切ない部屋。

そんな部屋に小さく、通常では聞き取ることなど到底できないであろう音が漏れる。

僕の頬を伝って、畳に滴り落ちる涙だけが部屋に音を小さく奏でていた。



この涙はどういう涙か本当の意味を追求しようとすると、すぐに枯れてしまうだろう。

何も考えなくてもいい。

涙が滴り落ちるから、また流す。

そんな単純な感情表現を、僕は長い間忘れていたような気がする。


「男らしくなったよ。

それに比べて俺は、らしくないことしちまったな」


「そんなことないです。

本当に先輩の気持ちは嬉しかったです」


「泣くなよ。

お前がそこまで強く言うんだから、きっと良い仲間なんだろうな」


先輩が話している間も、僕の涙はまだ止まることなく滴り落ちていた。

僕は本当にこの人に出会えて良かったと、今も心から思う。


「余裕が出てきたら、一度こっちに来い。

仕事とかじゃなく、ただ単に遊びに来い。

アリエスのマスターもお前のことを恋しがっているぞ」


マスターのいつものしかめっ面を思い出し、思わず笑ってしまった。

その笑い声は涙と交じってしまい、何とも不細工な笑い声だった。

携帯電話の向こうでも先輩が笑っている声が聞こえ、いい歳をした男二人が電話で笑っている姿がまた可笑しくて笑った。


「もうそんなことはないと思うが、俺たちに引け目を感じることなくお前はお前の道を思い切り進め。

頑張れよ、宮ノ沢」


こうして先輩との電話は終わり、僕は前を向いた。