「……はい?」

孤島の小さな診療所。穏やかな気候の中でその青年は驚きを隠せないでいた。

「いや、だからもう島中で話題だぜノエル先生。今度、本土の有名なテレビに出演するんだろ?

いやぁ、同じ島民として誇らしいなぁ」

診療というのにはあまりにも軽微な腰痛で、本来の目的は世間話をしたいからなのは明白だった。

ただ、その中で乃絵瑠が理解できないことが、もうずてに島民のほとんどが周知していて、近頃の話題を席巻していたことだったのだろう。

「えっと、田島さん。今の話ってどこから?」

「へ?オレはてっきりノエル先生が言いふらしたんだとばかりに」

「いや、もし仮にその話が本当だったとして民間人にそんなこと公言したらダメでしょう」

乃絵瑠は田島の日に日に細くなっていく身体を見つめながら、腰に温湿布を貼っていく。その手つきは柔らかく、田島は笑っていた。

「んまぁ、そうだよな。企業秘密ってやつだな。な?ノエル先生?」

「んー。なんか根本的な語彙の間違いをしている気はしますが、そういうことです。

あ、ちなみにその件の番組ってどんなものか知ってます?」

田島は温湿布を貼られ、自分で捲りあげた年季の籠ったベージュの服を元に戻すと椅子を回転させて乃絵瑠の方に向き直した。

そして、アゴに手を当てて「むー」 っと唸ると、はっと何かを思い出し口を開いた。

「あれだよあれ!最近何かと話題になってる、なんて言ったかな脳神経の権威?どこなんだかお偉いさんが出てる番組のオファーだよ」

脳神経の権威と聞いて乃絵瑠は無自覚にも、一瞬周りが凍てつくような瞳をしていた。それは、誰でもない脳神経の権威に向けたものだったのどろう。

「…高崎氏ですか?」

乃絵瑠の確認に田島は思い出せずにいた名前をずばり的中されたことに、感心した様に頷いた。

「そうその人!高崎さん?だかが出てる報道番組のなんかのコーナーにゲスト出演するかもって専らの噂になってるぜ?

こんなド田舎の孤島からのスピード出世だねぇノエル先生」

田島はそう言ってニカッと笑った。自分の島を代表する診療医が全国ネットの番組で取り上げられる快挙に、素直に誇らしさと嬉しさがあるのだろう。

「けどまぁ、本人が知らないってんならガセなのかねぇ?噂の出処も分かんねぇみたいだし、ノエル先生にこの島から離れてもらう訳にもいかんし。

まぁ、ちょっぴり残念な気もするけど、うちらはノエル先生が島に居てくれる事が何よりの安心だ。いつも診療所から訪問診療まで忙しくしてんだ身体なんか壊さねぇでくれよな先生」

そう言って田島は笑顔で診察室を後にした。

「先生、次は佐伯さんが来られてますよ。すぐに呼んで大丈夫ですか?」

待合室と診察室を繋ぐドアから、ベテラン看護師の田中がそう確認してきた。

乃絵瑠は佐伯のカルテに目を通す。

「佐伯光太郎さん。先週フェーズ2への移行を確認……あまり自分から診察には来ないのだけれど何か変わりがあったかな?」

厳しい表情でカルテを一通り確認した後、乃絵瑠はそのカルテを伏せてデスクに置いた。

その先にあるパソコンのディスプレイでは、新規メールを知らせるアイコンが光っていたのであった。