深夜3時。
あれだけ強かった雨は弱まり、微かに小さな粒が窓を滴るほどになっていた。
頭の痛みで起きた櫛田は、辺りをきょろきょろと見渡した。
明らかに自分の部屋ではないと分かる可愛らしい部屋。
鼻をつくその匂いである程度の記憶は蘇ってきた。
「おれ、あの後佐竹の家に来て、シャワー借りて・・・それで。
今日のことアホみたいに愚痴って、酒飲んで、え、あれ?オレなんで裸で」
櫛田はばっと隣を見た。
そこには自分と同じように裸の佐竹が寝息をたてて横になっていた。
「え、嘘だろ・・・オレまさか後輩とヤッて・・・」
まさかの童貞喪失の可能性に動揺する櫛田。
「意味わかんね・・・クソ」
ぐしゃと髪を掻いて櫛田はベッドの側に散乱していた男物と女物の衣服から自分の下着を掴んで足を通すと立ち上がる。
「便所・・・どこだ?」
一応眠っている女性を起こさないように気を使って忍び足で部屋を出る櫛田。
真夜中の暗い部屋を手探りで進みどうにかドアノブをひねって部屋を出た。
廊下も暗くしばらく両手を壁に這わせて電気のスイッチを見つけようと試みながら進んだのだが、それは見つからなかった。
住宅地の一角だったはずだが外の明かりが溢れてくるわけでもなく、外の物音が聞こえることもない。
ほんの少しの違和感は感じながらも櫛田は壁に沿って進んでいく。
「いたっ」
急に脇腹に何か球状の物がぶつかって、櫛田は思わず声をあげた。
それがドアノブの様なものであると気づいて捻るが、扉は固く閉ざされている。
「固いな・・・錆び付いてんのか?
こっちはしょんべん漏れそうなんだ・・・よっ!!」
何か固い板が無理やり破れるような音が辺りに響いて、閉ざされていた扉が開いた。
開いた扉の先は暗闇に大分目が慣れた状態の今でさえも、手の先も見えないような深い暗闇であった。
むせ返るような湿気た匂いと、何か薬品の充満したような匂い。
「臭え、トイレ・・・じゃないよな?」
右手を上げるとすぐに電気のスイッチを見つけた。
淡い光が灯ると、その部屋には幾つかの棚が置かれていた。
その棚には全て黒い幕が貼られている。
櫛田は一番近くの棚に近づいて、その幕をゆっくりとめくり上げる。
「なんだよこれ・・・」
棚にぎっしりと並べられた筒状のケースの中には液体が満たされ、その中に何かが浮いている。
その一つを手にとった櫛田は、頭が否定しながらもその物体の正体に気づいてしまった。
「これ、全部・・・内蔵のホルマリン漬けなのか?
いったい何の動物の・・・え」
ケースのラベルには黒のマジックできっちと「福田 誠」と人の名前が書かれていた。
その時、音もなく櫛田に近づく人影があったが櫛田はまだ気づいていなかった。
「福田 誠って・・・まさか。
最近ニュースになってた内蔵全部切り取られて死んでたっていう男の名前じゃ・・・」
がたっ。
扉が急に締まる音と共に部屋の照明が落とされる。
櫛田は振り向いたが一切の光すらない闇に視界が塞がれていた。
鼓動が爆発するかのようにどんどん早くなっていく。
櫛田は何も見えないが、入口の方向に叫ぶ。
「おい、佐竹か?いるんだろ!?
な、おい!!」
返事はない。
開いた目に光の残像が様々な色彩を埃のように無数に撒き散らす。
それが自身の拍動に呼応して崩れるように揺れる。



