橋場弁護士宅全焼から3日。

東谷は日々の日課であるカウンセリングを半分こなし、病院にある休憩室でテレビを観ていた。

ソファにかける東谷。

その目の前のテーブルにはお気に入りのゴシップ記事が載った雑誌とブラックコーヒーがあった


「おや、橋場くんが死んだのか」

顔見知りだったのであろうか、東谷はニュースを観ながらそう呟いた。

しかし、それほど親しい仲ではなかったのだろう、表情は何一つ変わらず、コーヒーを口にしている。

「遺体に外傷はなく寝タバコによる発火が原因の事故のようですね」

「そうですね。検死の結果からも事件性は見られなかった様ですし、橋場弁護士は情熱的な仕事ぶりで依頼者からも各界からも信頼を得ていた。

恨みで殺されるような人物ではありませんでしたからね」

犯罪心理学者とテロップにかかれた50台半ばくらいの男性は坦々とそう言った。

「ヘビースモーカーである橋場くんが寝タバコね……」

東谷はゆっくりとコーヒーカップを置いた。

すると部屋の扉がノックされる。

「どうぞ」

東谷の招き入れによって二人の刑事が部屋に入ってきた。

東谷はソファから立ち上がり二人の内の1人と握手を交わす。

「これは波田くん。二年ぶりくらいかな?こちらは?」

波田は握手をしながら一礼した。

「こいつは私の部下で今年から刑事になった安岡です。おら」

波田は安岡に横たわる一括する。

「わ、私は今年から刑事になりましたや、安岡 実と申します」

緊張から声は裏返り、上司の視線から萎縮した筋肉は肩を強ばらせている。

そんな安岡を診て東谷はにこやかに言う。

「真面目で正義感の強そうな青年だね。ここでカウンセラーをしている東谷です。

波田警部とは短くはない付き合いでね、以後よろしく頼むよ安岡くん」

東谷は安岡の肩を二回ポンポンと叩いて、再び柔らかな笑顔をかけた。

安岡は東谷の物腰に少しリラックスしたのか笑顔を返した。

「まぁ、立ち話もなんです。

どうぞ腰かけて。忙しい波田警部が直々に私の元にやってきたんだ、世間話を楽しむわけではないだろう?」

安岡は全身の毛がよだつのを感じた。

柔らかな物腰だった東谷の真剣な表情、その見抜くような眼力に圧倒されたのだ。

波田は苦笑いをして腰かける。

「やはりあなたは何でもお見通しだ。今回はあなたに仕事を依頼したく参りました」

安岡も続いて腰かける。

波田はテーブルに身をノリだし東谷を見つめる。

東谷もまた視線をそらすことなく波田を見つめていた。

「事件の捜査協力の依頼か。

全く。私は犯罪心理学者ではないと前にもあれほど言ったと言うのに懲りない男だね君は」

波田は一切視線をそらそうとはしない。

「あの凄惨な事件。

迷宮入り確実とまで言われたあの事件……あなたのプロファイリングによる容疑者の絞り込みのおかげで犯人確保に至ったことは曲げようもない事実」

安岡はその事件を知らない。

その時は安岡はまだ高校生であったし、安岡の育った神奈川県からは程遠い中部地方での事件であった。

「今回もあなたの力をお借りしたい」

「…………」

視線が交差して、まるで黙して互いの言葉をこうかんしているようであった。

その短くとも長い沈黙は東谷の優しい声で打ち切られた。

「ふはは。君と張り合っても根負けするのは私と決まっている。

良いだろう、君の顔と、君の若かりし頃に瓜二つな彼の顔に免じて捜査協力を受けよう」

重かった空気が急に軽くなる。

無意識に握り混んだ拳に汗が出ていたことを初めて認識した。

安岡は波田と共に深く頭を下げた。