「あの、これって僕への事情聴取ですか? 菅原(すがわら)さん」

 “菅原”と呼ばれた刑事は大翔のその切り返しに頭をかいた。

「すまない。つい」

「いえ」

 言いながら、大翔も決まりが悪そうに顔を歪め、そして観念したようにこう言った。

「家に居たくない。だけど行く所もないと言う彼女に同情して、一緒に暮らす事に」

「……どうして知り合ったんだ?」

「偶然です。素足で逃げてきた彼女と道でぶつかって、その時の様子が普通じゃなかったから……」

 そこまで言って大翔は一度言葉を止めた。これ以上の事を言う事が躊躇われた。“あの事”を自分が口にしてもよいのか? いや、何も全て包み隠さず言う必要はないか。

 困惑の中、不意にそんな思いが頭をよぎり、大翔は菅原を見た。

「……どうやらお母さんだけじゃなく、彼女自身もお父さんから殴られたりしていたみたいで……。一度は家まで送ったんですけど、その後すぐ、彼女が逃げてきたんです。だから……」

「逃げてきたって、彼女はきみの家を知っていたのかい?」

「はい。初めて逢った夜に、靴を貸したので……」

 どう考えても事情聴取、もしくは誘導尋問としか思えない二人の会話は、そこでぴたりと止まった。菅原は一度大翔から視線を外した後で、静かに訊いてきた。

「……逃げてきた彼女の姿が、光さんとかぶったんだね?」

 菅原の言葉に大翔の目が大きく見開かれる。

「彼女は……」

「――すまない。彼女の場合は……」

 明らかに動揺した様子の大翔の声色に気付いたらしく、菅原はそう言ってうつむいた。




 ――死んでる。

 一人きりになった霊安室で、美玲はふっと小さく息を吐いた。冷ややかな眼差しで父親の遺体を見下ろす。

 ――全然、哀しくない。

 それが正直な気持ちだった。

 この遺体に何度、犯されただろう。初めての時は確か、まだ十二歳だった。

『誰にも言っちゃ駄目だよ。これは美玲とお父さん、二人だけの秘密だ』

 最初の夜、この遺体はそう言ってベッドに入ってきた。自分が何をされたのか、その時は理解できず、痛みと恐怖でただ泣いていたが、すぐにそれが親子間で行うべき行為ではない事に気付いた。そして、事実に気付いた瞬間、未来は真っ黒に塗り潰された。将来に夢も希望も持てなくなり、それまで抱いていた淡い夢は捨てざるお得なかった。

 ――あたしが殺せばよかった。