刑事の言葉に美玲が力なく頷くと、刑事は霊安室を出て行った。

「美玲ちゃん……」

 二人きりになり、大翔が静かに声をかけると、美玲は肩越しに大翔を振り返り、薄く微笑んだ。

「少しだけ……一人にして……」

 申し訳なさそうに美玲が言う。大翔は黙って頷き、霊安室を出た。

 ――親戚がいるんだ。

 美玲の今後を案じていた大翔は、美玲に親戚がいると知り、正直安堵していた。

 夫婦間による殺人。マスコミが喜びそうなネタだ。恐らく明日から美玲は、様々な誹謗中傷や嘘にさらされる事になる。しかし、今の内にひとまず身を隠してしまえば、少しは時間稼ぎになるだろう。

「朝比奈くん」

 突然名前を呼ばれ、大翔はぎくりとした。

 ――来た。

 美玲を連れてこの病院に着いた時からずっと、予想し、身構えていた事が、実はあった。もう逃れられないと悟り、暖房の緩い地下の廊下で、大翔はゆっくりと、声のした方を振り返った。

「元気そうだね」

 廊下の先に、先程の刑事が立っていた。

「まさか、こんな所で会うなんてね」

「……いつから、こちらに?」

 刑事の方に向き直り、大翔は抑えた声でそう言った。

「今年の春」

 大翔の警戒心を敏感に感じ取っているらしく、刑事の声は優しかった。「元々僕はこっちの出身なんだよ」そう続けて少し笑ってみせる。

「それより――」

 大翔が何も言わないでいると、刑事はゆっくり歩き出しながら話しだした。

「なぜきみが彼女と?」

 それは、刑事じゃなくても訊ねるであろう質問だった。

「……すみません、実は僕たち、同居してるんです」

 隠していても調べればすぐに判る事。大翔は素直に告白した。そして、あえて“同棲”ではなく“同居”と口にした。

「秋頃から一緒に暮らしています。彼女が未成年である事はもちろん知っています。だけど、あの、今、こんな事言っていいのか……。実は彼女のご両親、仲が悪かったみたいで……」

「ほう」大翔の言葉に刑事の瞳が興味深げに動く。一方大翔は、迂闊(うかつ)な発言だったかもと、唇を引き結んだ。

「仲が悪かったと言うのは、彼女から聞いたのかい?」

「……はい。父親が母親に暴力をふるうから家に居たくないと……。だから……」

「なるほど」