「困ったなぁ……」

 と呟いてみても、人間には『コンコン』という具合にしか聞こえていないだろう。呟いたところで問題が解決するわけではないけれど、呟かずには居られない。

「食べ物、落ちてないかなぁ」

 と、路地裏から表通りに顔を出した時、鼻歌が近づいてくるのに気づいて慌てて顔を引っ込めた。

 顔を引っ込めて、身を低く屈めた途端、目の前を人間の女の子が通り過ぎた。
 鼻歌とスキップでご機嫌な様子の女の子は右手にスーパーの袋を持っていて、その袋はパンパンに膨れている。
 そのパンパンの袋が、スキップに合わせて大きく揺られ、中から何かが落ちた。

「あ、食べ物……」

 落ちたのは、透明な袋に包装されたパンだった。
 さっと走れば取れるんじゃないかと、パン目掛けて走り出す。

「あ、やっちゃった!」

 パンを落としたことに気付いた女の子が、慌てた様子で屈み込む。鈴を転がしたような、可愛い声だった。

「あ……きつ、ね?」

 目一杯駆け出した僕が急に止まれるはずもなく、パンの手前まで来た所で女の子と目があってしまう。
 不思議そうに首を傾げて、大きな目が僕を見つめている。
 その大きな目は優しそうで、『逃げなきゃ』という脳内警告を無視して、その目に見入ってしまう。