渇いた荒野に輝く一筋の銀線が延々と走っていた。


 辺りはかつて東の大陸にある先住民達の聖地の様に奇岩が乱立し、

 生の面影すらもない。


 そこに騒音逞しく金属音を唸らせ、

 巨大な鉄の塊が二本線上を駆け抜ける。

 
 文明が退化したこの世界には似つかわしくない堂々とした戦闘兵器が蒸気を上げた。


 その黒鉄、さながら砂漠の大海原を走る軍艦の様であった。


 熱く焼けた鉄の箱の中では汗ばんだ男達がその暑さにではなく、

 緊張でシャツを汗に染め、息を潜めていた。


体格の良い男
 「そろそろ作戦区域に入ります」


小柄な青年 
 「全乗組員に通信、警戒体制をとれ」


体格の良い男
 「はっ」 


 幼さが残る顔つきの小柄な青年はその深いため息を他の乗組員に気づかれない様に、

 被っていた軍帽を深々と直した。



 そう、彼は命令を下した上官の言葉を思い出していたのだ。



 
 世界は北に位置する大国が開発に成功した前代未聞の兵器の暴走によって壊滅的なダメージを受け、

 交戦虚しく荒廃の一途を辿っていた。

 
 それは四方を海に囲まれた極東であるこの島国も例外に漏れない。


 しかし、計画的に生き残った元政府関係者と民間人は埋蔵された物資を中心に、

 各地域毎に地上へと這い出し、

 つたないポリスを形成していた。


 この時代、崩壊前の主力燃料であった液体燃料の流通は少なく、

 非常に原始的採掘方法でも供給可能な燃料によって動く蒸気機関車によって各ポリスが繋がれていた。


 溜め息を吐いた青年が新しく所属されたのは、

 この人類復興の要とも言える『中央鉄道管理部』であり、

 その本部が置かれているのがこの島国の東エリアで今や最大のポリスと自負する

 
 『箱根』であった。

 
 箱根ポリスは周辺の少都市を復興の渦に巻き込み一大勢力を築きあげる。

 
 箱根自体は円形上の防壁で囲まれており、温泉の湯気がモクモクと昇っている。


 その湯気が舞い立つ都市の中央に一際目立つ建造物があった。

 張りぼてではあるがその高層建造物は荒野の風を受けても尚、高々とそびえ立っていた。

 これが『人類再編統括本部』である。

 巨大ポリスの多くの部署がこの身中にあり、少年が配された中央鉄道管理部もこの中にあった。

 この周辺で生活している者達いわく「人類最後の秩序の砦」らしい。

 そのビルの一画で今後の人類の方針を決める為、若くして抜擢された中央鉄道管理部、軍事鉄道管理部長であり箱根軍大佐も兼任する黒田に呼び出しが掛けられていた。


  ~軍事鉄道管理部長室~

癖毛の青年
「大佐、会議資料を」
 
 いかにも利発そうな青年が分厚い資料を唯一部屋に置かれた家具の机の上にドサッと置いた。

黒田(大佐)
「ああ、いいーよ、
 
 どうせ数字なんぞ見ん奴等だ」

 いかにもやる気の無さそうな中年が、青年の行動を振り返りもせずに背を向けたまま言った。

癖毛の青年
「資料も見ない
    
 最高軍事決議ですか?」

黒田
「森君、今回の件は私に一任すると言われたんだ。
 
 それなのに何回目の呼び出しだと思う?

 まあ何かしら横槍を入れられるとは思ってはいたけど、さすがにねー?」


「時間がありません愚痴は後で聞きますから、私の進退にも関わってきますし、はいどうぞ」
 
 森は呆れながら資料を押し出した。

黒田
「人類の進退よりも少尉の人生を台無しにするのは後が怖い、しょーがない」
 
 わざとらしく「よっこらっせ」と聞こえるかの様に立ち上がり、黒田は髪を後ろに流しながら書類を脇に抱えた。

黒田
「しょーがな…じゃ行ってくる」
 
 森は笑顔で「愚痴は後で聞きますから」と見送った。

 黒田が会議室の扉を開くと、電力不足のせいで薄暗い陰気な部屋の中に箱根の権力者達が既に席に着き、いかにも待たされた事に苛立っていた様子であった。

「作戦内容と準備期間の割には緊張感が無いんじゃないかね」
 
 太った軍服姿の男が吐き捨てた。

「作戦内容と準備期間の為に慎重になって考察させて頂いた為遅れました。
 
 斎藤大佐?」
 
 黒田はにやけながら言った。

斎藤「ポッと出の若造が」

 本人は聞き取れない程度声で言ったつもりではあった。

黒田
「今回の北方の野盗討伐、及び電力供給源の奪還。

 さらに北方ポリスへの牽制において『私』に全権を与えられた本作戦について確認すべき事があるとか、で?」

斎藤
「なにが全権じゃっ!
 
 作戦を一任しただけで最終決定は軍議で決めるに決まっとろーが」

黒田
「私としても今回の作戦について全責任を一人で背負い込まずに済むなら願ったりですが?」


斎藤
「作戦が悪けりゃ作戦主任が責任をとるんが筋ちゅーもんじゃろが」

 齋藤が怒声を上げ、灰皿から煙草が宙に浮く程に机を叩くと、最も上座に座る一人の男が立ち上がった。


白髪の男性
「落ち着け…
 
 黒田、ただ今回の作戦に使うのはここにはおらん兵器管理部長が長年掛けて開発し、資材を結集した龍級装甲列車だ。
 
 しかも厄介な北方への遠征になる。

 万一失敗したらお前の首一つじゃ足りんというのと、この指揮官の立花という大尉が若すぎるという点でな?

 再考の余地有りかという事での呼び出しだ。
 
 もはや兵器も物質も枯渇しておる。
 
 この箱根自体、いやこの周辺の命運を掛けるに足るという確証が皆欲しいのだ」

黒田
「確証と聞こえましたが?
 
 戦争に確証が?
 
 竹中大将それにお歴々方、それにつきましては手元の資料をご覧下さい。
 
 まあ複雑に数字化こそしていますが、多くの軍事関係者及び一部民間人に総合的な作戦指揮適応能力診断テストを行いましたが、私に次いで総合次点は彼であります。

 また幾つかの項目において、特に実践指揮、つまり最前線での戦術指揮の点数では彼の方が私よりも優れています。

 さらに言えばそこにおられる機動兵器部長もご存知の通り、若くして実績もあります。

 前回、北方ポリスからの防衛戦では結果論的に見ても最善策を最短期間で行い、このポリスも助かりましたし、前回の功労と上級士官の戦死等で繰り上げになり、現在は一気に少佐になっております。
 
 何より古参方の作戦が散々な結果に終わった為に今回の作戦は私に一任されたと思いましたが?
 
 まあ優秀な人材を先の戦争で多く失いましたし、新しく出てきた者を使わざるおえないという状況もありますが?」

斎藤
「貴様、よくもぬけぬけと」

黒田
「ああ、齋藤大佐の解答には目を見張りました。

 特攻と突撃しか選択がありませんでしたね?」

 齋藤は奥歯を噛み、顔を真っ赤にして肩を激しく震わせ始めた。


竹中
「ハハハ、まあそう老人達を苛めてくれるな。

 皆は君の能力は先の戦争でも高く評価しているさ、

 その立花という青年に掛けてみよう。

 では、これより本作戦の前線指揮を立花少佐とし、総括指揮は引き続き黒田大佐に一部全任。

 軍事幹部会議において最終決定を行う。

 以後変更は無し。
 意見も受け付けん。
 最終決定である。
 各自作戦に移れ」
 
 黒田と斎藤は部屋を出るまで不満を撒き散らしていた。


 ~軍事鉄道管理部長室~


「予想通りですが、
   大佐、かなり参ってますね」

黒田
 「森よ、作戦の『一部』全任なんて聞いた事あるか?」


 「ああー、
  ようは九割の者が必死で戦果を挙げたら、その戦功の一部を指示した方々が戦功のみを全任する訳ですね」

黒田
 「ふははは、

  …まあ、いや合ってるな」


 「しかし大丈夫ですか?

 物量的に最後の進行となりそうですが、彼に任せて」

黒田
 「私は前線で命を削って戦う兵の援助でここを動けんし、何より暑い所と乗り物は苦手でね。

 それにだ、彼で駄目ならもうこの先はないとさえ考えているよ」


「私ではだめなんですね」

黒田
「駄目駄目、

 誰が誰も見ない資料を作るんだ」


「そうじゃなくて、たまにはデスクで命を削って書類を作成しては?

 私が補給線の指示をしますから」

黒田
「ふふふ、はーはっは。

 私は上官だぞ!

 少尉コーヒーお願い致します」