……あれ、場面が変わってる。



ここは城の中のどこかの部屋かな?

書斎室……ではないよね、まだ関係ないもんね。


本がたくさんあって、大きなベッドがあって。

机には本が乱雑に置かれている。開かれたままの本もある。

ペンはあちらこちらに転がっていて、蓋がされていないものもちらほら。


……殺風景だな、この部屋。

窓の外は夕方。鳥が一羽横切った。



壁にはなにもないし、床にもなにもない。

模様も、装飾品も。



なんて、呑気に眺めていたらカイルさんが部屋の中に入って来た。幼いカイルさん。けれど、その顔は少し悲痛に歪んでいるように思えた。



「また、負けた……」



負けた?誰に?

そう聞きたいけれど、声は生憎出ない。



「今度は勝ってやる……!」



カイルさんはそう呟いてベッドを拳で叩くと、そのままベッドにダイブした。


ギシッとベッドから音がした。




「ケヴィのやつに負けるとは……火は水に弱いのに……」



……なるほど、力の対決をして負けてしまったんだ。負けず嫌いなんだな。しかもさっき、またって言っていたから、毎回負けているのかもしれない。



大丈夫、カイルさんは強いよ。



そう言いたい、けれど言えない。もどかしさが胸に溜まる。

わたしはカイルさんに近づいて、その背中を上から眺めていた。

わたしはどうやら浮いているみたいで、いろんな角度から記憶の映像を見ることができる。




「おにい、ちゃん……?」



わたしもカイルさんもハッとして、声がした方を見た。



「なんで、おまえがここに……ここは俺の部屋だぞ!しかも鍵をかけておいたんだ。どうやって入って来たんだ!」



そこにはドアの前に立っているわたしがいた。

腕には何やら包みを抱えている。



「どうやって?……わからない。とんできたから」

「飛んで来た?おまえ何言って……」

「カイルおにいちゃん。おかし、たべよう?」



小さなわたしはカイルさんの横に座ると、ベッドの上にお菓子を広げた。

包みの中にはお菓子がたくさん入っていたようだ。飴にクッキーにチョコ、いろいろなお菓子がバラバラと散らばっている。




「……俺は甘いのは苦手だ」

「だって、おにいちゃんたちがもってきてくれたおかしだよ?」

「おまえのために用意しているんだ。あげたものを食べるやつは礼儀知らずだ」

「そのあげたものをいっしょにたべようっていわれたのに、きょひするのもれいぎしらず?」

「おまえ、口がうまく回っていないわりには正当なことを言うんだな。わかった、一緒に食ってやるよ」

「どういたしまして」

「……そこはありがとう、だろ。本当に言葉の意味わかってんのか?……って聞いてねぇし」



わたしの甘いものが好きな理由は、ここから来ているのかもしれない。

毎日お菓子をカイルさんたちからもらっていたんだな、きっと。それで味をしめて中毒みたいになって、食べないと調子が狂ったんだ。

今は食べなくても平気だけど。というより食べなくてもいい環境で過ごしているからかな。

つまり、勉強しなくて済むここは居心地が良いってことになるのかな……





「おにいちゃんは、クッキーがすきなの?」

「ああ?ああ、まあな。飴もチョコも甘すぎる」

「へんなの、こどもなのに」

「年下に言われたくねぇな」

「なら、とししたのまえでおちこんじゃだめだよ?」

「……おまえ、見ていたのか俺が負けたところ」

「おにいちゃんたちがきづいてないだけだよ」

「情けないよな、あんなやつに負けるなんて」

「なさけなくないよ」

「どこがだ。負けてのこのこと帰ってきたのによ」

「にげなかったから、なさけなくない。まけそうになっても、にげなかったから」

「……」





確かに、負けそうになったら逃げ出す人はいる。そして、続きは今度、とか言って言い訳をする人。


そんな人は、いつまで経っても負け犬だ。




「わたしは、まけそうになったからにげてきたの」

「……どこから?」

「おかあさんから」



……おかあさん?それって、わたしの?あの優しいお母さんのこと?

でも頭は赤ん坊のときからわたしを育てたって言っていた。



話が噛み合わない。




「お母さん?おまえ孤児じゃないのか?捨てられたんだろ?」



うんうん、それはわたしも聞きたい。



「いかされそうになったから、ここににげてきたの」

「行かされそうになった?でもおまえはまだ歩けなかっただろ?」

「あるけなかったから、とんだの」

「飛ぶ……宙にか?」

「ちゅうにはとべない」

「……さっぱりわからねぇ」




……何が言いたいんだろう?




「いどうして、にげたの。まだいきたくなかったから」

「……どこに?」




カイルさんは短い単語で聞くことにしたようだ。相手の情報を手にいれるには、これが一番手っ取り早い。



「むこうのせかい。べつのせかい」

「……なぜ?」

「そこでおとなになって、またもどってくるため」

「……戻ったら何をするんだ?」

「それはいえない。わからないから」

「……」




カイルさんは多分心の中で舌打ちをしただろうなきっと。わたしだって肝心なところが聞けなかったから肩の力が抜けてしまった。




「こうやって、いどうしたの」



わたしが項垂れていたとき、とても大事な言葉が聞こえてきた。


見ると、わたしがいない!




「……おい、どこ行った?カノン……?カノン?」



カイルさんもその一瞬を見逃したらしい。

二人できょろきょろとしていると、いつの間にかわたしがドアのところに立っていた。




「こうやって、きたの」

「……何者なんだ?おまえは」

「わたしは……」

「いったいおまえは……?」

「わたしは、この世界にいてはいけない存在なの」



4歳らしからぬ声の低さと質。そして快活に綴られた言葉の羅列。


この言葉は、この場面で使われたのか。




「おまえ、なに言ってるんだよ……」

「だから、わすれて?」



またあどけない口調に戻ったわたし。

瞬きをした瞬間、わたしはまたいなくなっていた。




「あれ、俺……誰かここにいなかったか……?」



カイルさんは不思議そうな顔をして、隣にあるへこんだマットを眺め、散らばったお菓子を眺めた。



「……寝よ」




カイルさんはそのまま身体を後ろに倒して眠ってしまった。

多分起きたら完全に忘れているんだろうな。



わたしは、こんなこともできたなんて───