わたしは名前のない一輪の白い大きな花を黒い棺桶の上に置く。


その花には名前はないけれど、花言葉は『安らかに』だ。

葬儀のときに使うらしい。どんな気候にも堪えられるため、この寒いケルビンでも生息している。



次々と喪服姿の見知った人たちが花を置いては手を合わせる。


空は快晴。昨日の曇天とは大違いだ。


ニックさんが置いて、リックさんが置いて。


ヘレンさんも置いて、セレスさんも置いて。

二人とも頭には昔お世話になったのだそうだ。だから忙しいこのときでも、参加してくれた。


墓地は城の裏の森の中にある。

森の開けた一画に、婢が林立している。木々の隙間からこぼれた木洩れ日を浴びて、地面に影を作る。

まるで、そこに誰かが立っているかのように。



葬儀は人がたくさんいるわりには、とても静かだった。鳥も鳴かなければ、風の音もしない。

みんな、いきなりのことで現実味がないのかもしれない。

あまりにも、唐突すぎて……



カイルさんが置いて、アルさんが置いて。

ケヴィさんも置いて、最後にわたしの番になった。


わたしも、ぽっかりと開いた穴の中にじっとしている黒くて重量感のある棺の上に花を置く。

その右手の人差し指には、きらりと光る指輪があった。手は包帯でぐるぐる巻きだったけれど。


ちゃんとわたしの手元に戻って来たよ……頭。


この世界の葬儀は基本無言らしい。終始足音と花を置く音しか聞こえない。



わたしが手を合わせて棺から離れると、カイルさんとアルさんとケヴィさんが棺に土をかけ始めた。

だんだんと埋まっていく棺。


誰も泣かない。泣くことは許されない。

それがこの世界の葬儀のルール。



土で埋まり、雪も被せられたところで、わたしは雪の上にしゃがみこんでしまった。

雪がわたしの涙で溶けていく。


それを合図に、すすり泣く声がだんだんと大きくなっていく。

森に反響し、響きわたる。





わたしは、地下にいるみんなが全員いなくなっても、ずっと泣いていた。



「そろそろ戻るぞ……」



カイルさんに無理やり立たされる。

そして肩を抱かれて、棺に背を向け歩き出した。


後ろ髪を引かれる想いで……





「まさか、こんなことになるとはな……」



書斎室に戻ったわたしたちは、ぐったりと力無くソファーに座りこんだ。



「しかもさらなる謎を置いて行ったよね……」

「俺たちは昔会っていたってことだよな……」



ここにはわたしたち4人以外誰もいない。

リリーちゃんもルーニー君も気を使って一緒に来なかった。



「俺とケヴィが感じた感情は、そこから来ているのかもな」

「だな」

「……感情、ですか?」



涙はもう無理やり止めた。泣き腫らした顔を見られたくないから、わたしは俯いたままで声を発する。



「俺たちは懐かしさを感じたんだ。おまえを見たときに」

「僕は感じなかったけどね」

「初対面のはずなのに、なぜか目が離せないというか、他人に思えなくてな」

「わたしは何も感じませんでしたよ?」



逆に怖いと想ったことさえある。

……まあ、主にアルさんだけど。




「おまえが幼いとき、ここにいたということは事実だ」

「庭師のみなは誰もおまえを覚えちゃいないがな」

「でも、なんで忘れているんだろう……カノンも全然覚えていないんでしょ?僕たちのこと」

「はい……」




わたしたちは揃ってため息を吐く。


……せめて、思い出せたらな……



たぶんカイルさんたちは6歳のときぐらいだと思う。そのぐらいから頭のお世話になっていたと言っていたから。

そうすると、わたしは……2歳?!

歳が幼さすぎやしないか?



「わたしがみなさんに会ったときはだいたい2歳だったんですね、わたしは……」



そりゃ覚えているわけないじゃん。



「いや、歳はあまり関係ないだろう。おまえがいた世界とこの世界は時間の流れる速さが違うみたいだからな」



……ああ、そうか。初代紫姫はほぼ同じ歳でこの世界に戻って来たんだっけ。


うーん、じゃあ5歳とか4歳とか?多分年上ってことはないよね。7歳とか。

だって小学校に入学した覚えあるもん。



……あれ?待って?幼稚園もしくは保育園……?



「ええっと……ええっと……」

「どうした?そんなに顔をしかめて」

「ケヴィさん……わたし、向こうの世界での記憶が曖昧……かもしれません」

「どういうことだ?」

「養護施設で暮らした記憶がどうしても思い出せないんです」

「それならその歳のときはまだこっちにいたんじゃないのか?」



幼稚園とかに行った記憶……幼いとき……

小さな手と……高い男の子の声……



そのとき、わたしの頭に針が刺さったような鋭い痛みが走った。



「ああ、あああ……」



頭を押さえて悶える。痛い……痛い……



「「どうした?」」

「大丈夫?カノン!」



三人の声が頭上から聞こえてくる……



「お、にい、ちゃ……」



わたしはそこで意識を飛ばした。

遥か遠い、過去へと……