「さあさあ、カイル、話してもらいましょうか?」

「……わかっている」

「カノンちゃんの秘密を……早く話してちょうだい!」

「……近い」





リチリアから帰って城で眠りについたあと、カイルさんの両親がわたしを待ち構えていた。

もちろん、わたしが使った部屋は正室の部屋。リリーちゃんは正式にわたしの侍女になった。

わたしはもう眼鏡をかける必要がないので、紫色の瞳をさらけ出している。


カイルさんはヘレンさんにずっと問い詰められていたみたいだけど、どうやらわたしが起きて来るのを待っていたようだ。

そうとう参っているのか、頭をずっと掻いている。





「こいつは俺が山で拾った」

「「は?山?」」



さすが夫婦!揃ってますよ!




「久しぶりにスケジュールに空きができたからな、アルバートと雪山に1週間籠っていた。丁度帰ろうとしていたときに、こいつを拾った」

「カノンちゃん、どうして山なんかにいたんだい?」



いや、セレスさん。どうしてと言われましても……




「……それはわたしにもわかりません。向こうの世界で眠りについて、起きたらこの世界に来ていました」

「それで、しばらくの間こいつには庭師をしてもらっていた」

「庭師?!重労働じゃないの!よく堪えられたわねカノンちゃん」

「あはははは……」




それは自分でも思っていたことだけど、いつもケヴィさんと二人三脚で仕事をしていたから、あまり大きな仕事はやらせてもらえていなかっただけだ。

……ヘレンさんが思っているようなことはしてませんよー。




「それに男ばっかり!」

「ケヴィが常に見張っていたからな。その面は心配する必要はない」

「わたしだったら堪えられないわね」

「……(そうだろうか。昔からお転婆だったからなぁ)」




カイルさん、その心配することをケヴィさんはやらかしたんですよ。わたしは裸を見られたんですよ!


……もちろん、そんなことは口が裂けても言う気はないが。





「あそこが一番安全だったんだ。もしどこかで情報が漏れたとしても、地下なら侵入しづらい」

「……確かにね。でも、じゃあなんでパーティーなんかにカノンちゃんを連れて行ったのよ?危険極まりないわ」

「それは僕も思った。最善の策だとは思えない」




……まあその結果、事態が大きく変化したんですけどね。




「リチリアとのいざこざをどうにかしたいと思っていたんだろ?」

「確かに思っていたよ。しかし、争い事は避けたかったんだ」

「それが甘い。甘い考えだ。向こうは元軍事国家だぞ?話し合いで解決できる因縁なら、とっくに解決しているはずだ」

「まあ、そうだが……」

「向こうが戦争を望んでいるのなら、こちらも受けてたつまでだ。なんのための軍人だ?なんのために軍人を育成するような制度を作った?」

「……リチリアが攻めて来た場合の対処」

「だろ?今がそのときだ。もうすでに歯車は狂っている」

「「歯車?」」



カイルさんとセレスさんの話は続いていたけど、いきなりわからないことが出てきた。


ヘレンさんとわたしは口を揃えて聞いた。

何かの例えだろうか。



「紫姫が二人いる時点でもうすでに狂っている」

「だから、何が狂っているのよ?」

「この世界が、な」

「この、世界……」





この世界の何が狂っていると言うの?

わたしがこの世界に来た意味もそこに入っているのだろうか。




「この世界には変化がない」

「変化……」

「つまり、面白みがないんだ。ただ同じ日々が続いている。それが平和だと言えばそれで話が済むが、生憎、世界は変化を求める」

「いまいちわからないんですけど……」

「おまえの世界に神はいたか?」

「神?」




神様?それならいたよ。キリスト教のイエスとか。ポセイドンとかルシファーとか。

そこら辺の名前は神話や人間の起源でよく聞く名前。

それがどう関係しているんだろう。




「それならもちろん元の世界にもいたよ。でも嘘か真かはわからないけど」

「龍の星屑のことは話したよな?その星屑を作った龍を俺たちは神だと敬っている」

「龍が神様……」




いわゆる龍神様ってことかな?干支でも龍っているし、神聖な生き物なんだな、龍って。

なら、今わたしのポケットで眠っているティノも神様なのかな?




「じゃあ、ティノも神様?」

「いや、そうとは言い切れない。あくまでも俺たちが信仰している神は星屑を作った龍、水月(すいげつ)だ」

「水月……」

「水月がこの世界に能力者をもたらしたと言っても過言ではない。水月は退屈しているんだろうな、この変化のない世界に。神は変化をもたらすために存在する。違うか?」





カイルさんの言い方だと、この世界では神様はいて当たり前な存在のようだ。

……でも、確かに。神様からのお告げ、とか言って、それまでの人々の暮らしに大きな変化をもたらすよね、神様って。




「うん。神様ってそういう存在だね」

「神は世界の万物を創った張本人だ。自分で創ったものを手直ししたり、逆に壊したりするのは当たり前だろ?」

「それってつまり……」

「この世界は退屈すぎると神によって判断された。すなわち、これからこの世界は変わる。変えられる」

「「「……」」」




わたしたちにとって神は届かない存在。だけれど、神にとってわたしたちは手の上で踊らされている駒に過ぎない。

神がそれを叩きつければ壊れてしまうし、逆に丹精込めて磨けば輝きを増す。

わたしたちは神にとってちっぽけな道具。玩具だ。




「歯車とは流れのことだ。時間の流れ。規則正しく廻っているように俺たちは思っていたが、じつは新しい歯車が加えられて本来の時間の流れからそらされていたんだ」

「でもさ、わたしたちには逆らうことはできるよね」

「ああ。そうだ。ただ廻っているだけではない」

「その歯車をいったん止めて、加えられた歯車を取り除かないとね」





狂い出した歯車はそうそう直せるものじゃない。創り変えたって一個でも廻らないのができてしまえば失敗だ。

神様はそうとうな意地悪みたいだけど、わたしたちだって悪足掻きぐらいする。




「なら、わたしたちは錆びた歯車になって流れを止めちゃえばいいんだよ。気づかれて油を射される前に密かに」

「……おまえの例えはいつも微妙だな」

「でも、カノンちゃんの言う通りよ。ただ指をくわえて何もしなかったら、できることもできなくなるわ!」

「神に逆らうのか……おもしろいね。実におもしろい」

「出た!ブラックセレス!」

「……黙っててくれないかい?」





カイルさんは強い光をその瞳に宿す。

ヘレンさんは握りこぶしを作って、迷いのない眼差しをカイルさんに向ける。

セレスさんはアルさんさながら、黒い笑顔を醸し出してカイルさんに視線を送る。

わたしはカイルさんに微笑んだ。




「さあ、まだ始まったばかりだ」





わたしたちはこれから、時間の流れに逆らってこの世界を自分たちなりに変えます。

神様、決して退屈にはさせませんから、どうかまだ手を出さないでほしかったのですが……