ふと気がつくと、わたしは寝ていたらしい。

ダンスはちょうどフィナーレを迎え、またみんなは談笑を楽しんでいる。


わたしは身体を肩から起こした。


……肩って、誰の?



「わあ!す、すみません……カイルさん……」

「まったくだ。あいつらがめざとくやって来て、さんざんはやし立てられた」

「あいつらって……両親に向かってそんな……」

「まだ恋愛やってるようなやつらだからな、いまいち年上には思えないときがある」

「た、たしかに……」




わたしはチラッとカイルさんの肩を確認した。よだれがついていたらどうしよう……と思ったからだ。

幸い、ついてはいなかった。

よほど疲れていたのかな、カイルさんの肩に頭を乗せて寝ちゃうなんて……

まあ、身長さがあるから、肩というよりも腕だったけど……




「それなら、起こしてくれても良かったんですよ?」

「いや……起こすほどでもなかった」

「そうですか?」

「それより……ティノはどこに消えたんだ?」

「あ……わたしにもいつからいないのかわからないんです……」

「ここのどこかにいるのか?」

「そうだといいんですけど……でももし見つかったら一大事になってしまいますね」

「……だよな」

「「……」」




は、早く見つけなければ……

わたしが立ち上がって探しに行こうとしたとき、パッとシャンデリアの照明が落とされた。

辺りは暗闇に包まれ、微かに悲鳴が上がる。



「ええっ?!カ、カイルさんどこですか?というよりどうなってるんですか?」

「落ち着け、俺はここにいる」



右側から低い声が聞こえてきた。でもけっこう至近距離なんだけどな……


カイルさんの低い声にドキッとしたとき、正面の壇上がスポットライトで照らされた。

そこには、金で装飾を施された黒い軍服を身に纏った、背の高い若い男の人が立っていた。




「黒い軍服……」

「重要人物のお出ましだ。もっと近づくぞ」



カイルさんはわたしの腕を掴んでずんずんと壇上に近づいた。

カイルさんには周りの人が見えているのだろう、くねくねと曲がりながら進む。

……わたしにはさっぱり見えない。


カイルさんが立ち止まるのを見計らって、尋ねてみた。




「あの人って……」

「リチリアの現王、ラセス・デ・ウォーカーだ」




やっぱりね。

赤い瞳に黒い髪。予習したまんまだ。




「力は使えるんですか?」



目がカラフル=力が使えると思っているわたし。リリーちゃんから聞いていなかったのでカイルさんに聞いてみた。




「いや、使えない。というより、使える奴はこの国の王にはなれない」

「どうしてですか?……あ、そうか。能力者に襲われたんですもんね」

「ああ、そうだ。殺された当時の国王は息を吹き返したが、力を持つ者への反感は少なからずまだ残っている」

「……」




わたしたちがこそこそと話していると、ラセス様が口を開いた。



「みなさん、今日はお集まりいただきありがとう。みなさんが知っているとおり、近日大規模な火災が発生し、国の3分の1の財産が灰と化した」




わたしたちは王の言葉のひとつひとつに息を呑んで耳をそば立てる。




「俺たちは途方に暮れた。これからどうすればいいのかわからなくなったんだ。しかし、助言者が現れた。
その助言者は俺たちに力を使うことを勧めた。俺たちは普段力を極力使わないようにしていた。だが、そのやせ我慢を今すぐ止め復興に乗り出すべきだと諭された」




……その助言者とは誰か。無論、わたしたちには容易に想像がついた。




「俺は今ここで打ち明けよう。代々リチリアの国王は力を使えない者がつく定めとなっていた。しかし、俺は力を使える」



その言葉が広場に響いた瞬間、辺りがざわめき出した。

それもそうだろう。今までのリチリアでの常識が覆(くつがえ)されたのだから。




「本当なのですか?」



どこからか女性の声が響いて来た。



「本当だ。疑う心が少しでもあるのなら、今ここで証明してしんぜましょう」



ラセス様はおもむろに両手を前に出すと、その手のひらの中に、烈火のごとく燃え盛る炎の玉を出現させた。

そしてその炎の玉を軽く吹き、鳥の形をした炎をいくつも上空に飛ばした。


しばらく飛び回っていた火の鳥だけれど、やがて宙に消えていった。




「ご覧のとおり、俺は力を使える。今まで黙っていてすまない。
だが、この力は産まれつきではなく後天性のもの。眠っていた俺の力を引き出してくれたのは無論、先ほど話した助言者だ」



この展開って……

紫姫の話と同じだ。

まさか、同じ過ちをしたの?嫌っていたのに?



「みなさんの中には助言者の正体を噂で聞いたことがあるかもしれない。
王族のみに伝わっている昔話が関係しているが、貴族階級のみなさんの中では知らない人も多いでしょう。それはこの中にすべて描かれている!」



ラセスさんが腕を広げて示したところには、あの、紫姫の絵がスポットライトに当たっていた。

あれは偽物だって言っていた。本物はケルビンの王城にある。


その絵が公開されたと同時に、困惑した声やあちらこちらに尋ねる声が溢れかえった。

こんなにも大勢の人に紫姫の言い伝えをバラしてしまっていいものなのか。



光が増えて明るさが増したため、見えると思ってカイルさんの横顔を盗み見た。

すると、目が合った。カイルさんはわたしを見ていたのだ。

カイルさんは心配そうな顔をしてわたしに言った。




「もしかしたらその眼鏡、外すことになるかもしれない」

「え……」

「おまえが感じたっていう視線。それは助言者と敬われている噂の紫姫のものかもしれない」

「そんな……」

「もしそうなら、おまえの正体はすでにバレていることになる」




……絶望的だ。偽物だと言われて処刑されてしまうかもしれない。

それか、情(なさけ)でこの紫色をした目を潰すだけに止まるかもしれない。

だって、彼らにとってあちらが本物でわたしは偽物なのだから。



わたしはそう思ってしまい、身体が震え出してしまった。自分自身で身体を両手で抱き締める。


すると、わたしの両手に暖かい手が重ねられ、抱き締められた。



「不安になるようなことを言ってすまない。だが、これだけは約束する。俺はおまえを必ず護る。絶対にな」



手から広がる暖かさと共に、わたしの心に言葉の温かみが染み渡った。


そうだ、わたしはひとりじゃない。

例え自分の出生がわからずとも、わたしはひとりじゃない。

地下での肩書きどおり、わたしはこの世界では孤児なんだ。仲間に恵まれたひとりの孤児。


それなら孤児らしく孤独に負けていてはいけない。

父親を知らないのがなんだ。親戚をひとりも知らないのがなんだ。

わたしはいったいなんのためにこの世界に来たのかがわからないのがなんだ。



そんなことでうじうじ悩んで怯えるなわたし。一晩経って立ち直ったと思ったけどやっぱり気にするのをやめるんだわたし。


わたしの迷いが周りを不安にさせるんだから。



わたしはよくわからない決断で、吹っ切れた。何が紫姫だ!わたしの名前はカノン!杉崎夏音だ!



わたしはカイルさんの顔を見上げて笑って見せた。

そんなわたしに驚いた顔をしたカイルさんだけれど、すぐにニヤリと笑って離れてくれた。




「決心はついたか」

「当たり前です!ケヴィさんにいつも言われていました、猪突猛進型だって。そんなわたしがうじうじしていたら、猪さんに迷惑だと思いました。
だから、もう悩むのは止めます。当たって砕けるぐらい勢いがないといけませんからね」

「……いまいち言っていることはわからないがな」

「もう!わかってくださいよそこは!」




わたしはカイルさんの背中をバンッと叩いた。けれど、カイルさんは笑って受け入れてくれた。



「おまえはそうでないとな」

「ふふふ……」




二人でクスクスと笑い合っていたら、ラセス様が手を挙げて静寂を促した。


しーんと静まりかえるダンスホール。先ほどの熱気はどこへやらだ。




「みなさんが知っている紫姫。その本人が、今このリチリアにいる。そして、助言者とは言うまでもなく、紫姫。
本日、本人の希望によりこの壇上に立つことになった!紫姫、どうぞ来てください」



ラセス様がスポットライトから退いて消えた。代わりに、コツコツとヒールが床を叩く音だけが響き渡る。



……興奮と興味と恐怖。



入り乱れるそれぞれの感情。










……いよいよ、そのときがやってくる────