「わたし、リチリアってもっと暑いところかと思ってました」



砂漠が広がっていて炎天下で、オアシスがところどころにあるけど、首都は東南アジアみたいな感じなのだと、わたしは勘違いをしていた。


本当はモンゴルとタイを合体したみたいな国のようだ。


その証拠に、行きは荒れ地ばかりで馬車がガタガタと揺れてお尻が痛くなったけど、首都に近づくにつれてだんだん暑くなってきて、海がチラッと見えた。

そして、今は夜だから少し肌寒くなるぐらい涼しい。昼間は暑くて、カイルさんなんて軍服の上着を脱いで、腕捲りをし、ズボンの裾も捲っていた。


……あ、そうそう。カイルさんとは相馬車(?)だった。そこで事前注意とかを聞いた。荒れ地のところは終始お互い無言だったけど。

なにも考えずにわたしがしゃべろうとしたら、舌を噛みそうになってしまったからだ。


幸い、乗り物には強い質(たち)だったから平気だったけど、カイルさんは少し顔が白くなっていた。


馬車から降りた後わたしがそのことを茶化すと、乗馬は平気なんだ!と言い捨ててさっさと歩いて行ってしまった。


……たまに子供っぽいんだよなぁ、カイルさんって。




「いくら雨が少ないと言えど、ケルビンに近いからな。その冷気が大気に乗って流れて来るんだろう」

「へえー、そんなものなんですね……」

「……おまえ、いつまで食っているつもりだ」

「ええっと……このロールケーキを食べたら終わりにしようかと思っています」

「……あの人気のあるケーキから始まり、シュークリーム、アップルパイ、タルト、プリン、そしてロールケーキ3切れ。よく食えるなそんなに」

「あとドーナツです!」

「どや顔で言うな……」

「でも、アップルパイは城で食べたやつの方が美味しかったです」

「採れたて新鮮なものを使っているからな。しかし、ここで使われているものはどうだか……」



……そうだ。火災があったのだから、自給率は大幅にがた落ちしているはず。なのにこんなに贅沢なものがパーティーに出せているとは……

何か裏がありそう。ケーキのスポンジの卵だってケチってないみたいだし、お酒も大盤振る舞い。

わたしは手を付けていないけど、普通にハムとかベーコンとか、スモークチキンとチーズとか、肉類もたくさん出されている。


どこから入手しているんだろう。まさか、あの乱獲された動物たち……?


いやいやでも、もともと農地や牧地面積が広いのかもしれない。3分の1を失ったからって、すぐには影響が出ないのかも。



「うーん……」

「さっさと食っちまえよそれ。早くしないとダンスタイムに間に合わない」

「ええ!そんなことなんでわかるんですか?」

「ほら、あそこを見ろ。ピアノのところだ。音調を確かめているだろう」

「あ、ホントだ……どうしても踊らないとダメですか?」




正直、踊りたくない。ティノのことが心配だし、それに上手く踊れるかもわからない。

踊る必要がないのであれば、回避したいところだ。



「どうしても、だ。こう言った催しではダンスは必須だ。やらないやつは礼儀知らずに値する。おまえは礼儀知らずになりたいのか?アルバートの母親とリリーの顔に泥を塗るつもりか?」

「……リリーちゃんはわかりますけど、なんでアルさんのお母さんが?」

「ダンスの指導をしていたのはアルバートの母親だぞ。知らなかったのか?恩知らずなやつだな」



わたしは頭の中で巻き戻しをしてみた。


初日、挨拶をしてくれた華奢な女性。名前は確か……



「ナリアさん?」



ダンスのステップとかはナリアさんとアルさんが交代交代で教えてくれた。


最終日らへんはほとんどアルさんが付きっきりで指導してくれた。ナリアさんはピアノで曲を弾いてくれていて……



「……似てないからわかりませんでした」



そう、似ていないのだ。髪の色は同じだなぁとは思っていたけど。



「あいつとルーニーは父親似だ。いや、似すぎていると言ってもいいぐらいだ」

「優しそうな人でしたね」

「……いや、子供の頃は厳しい人だった。門限を作ったのはナリアさんだ」

「へえー……って痛い!」



ぼけーっと手を動かしていたら、いきなりでこぴんをされた。ケヴィさんじゃないんだから!



「おまえ、いい加減にしろよ。ロールケーキで最後じゃなかったのか?」

「え?は、え、あ、その、恥ずかしい~……」




なんと、わたしは無意識にお皿にマカロンを乗せようとしていたみたいだ。それをめざとく発見したカイルさんにわたしはでこぴんをくらわされた。


……こんなに食い意地があったなんて、自分自身に幻滅した。



わたしが渋々とメイドさんにお皿とフォークを渡していると、曲が流れ始めた。しかも、ピアノだけじゃなくてオーケストラの生演奏。


わたしはその音量にびっくりして思わずフォークを落としそうになってしまった。



「ダ、ダンスってオーケストラなんですか?」

「当たり前だ。ここは広いからな、ピアノだけじゃ音が拡散しすぎてダンスがずれる。音量が足りないんだ」

「ひえ~!そんなの聞いてません!」

「今さら怖じ気づいても遅い」

「……」



そうだ、この時のためにダンスの練習と礼儀を学んで来たんだ。それをすべて水の泡にしてしまうなんて、わたしらしくない!


わたしは深呼吸をこっそりとした。カイルさんにダメ出しされたくなかったからだ。


ちらほらと、人が避けてできた中央のダンスホールに男女が集まって来た。

い、いよいよなんだ……