「ここで待ってろ。いいか、どこにも行くなよ」

「わかってますよ……」



カイルさんはわたしを気遣ってか、人気の少ないところの椅子に座らせてくれた。

カイルさんが立ち去ったのを見計らって、はあーとため息を吐く。


足はパンパンだし肩もガチガチ、ティノの安眠を妨げないように頭をふらふらさせないようにしていたら、首までもガチガチになってしまった。


わたしは喉が渇いたな、と思ってジュースをメイドさんに頼んだ。


カイルさんから事前に注意があったときに、飲み物を頼むときはちゃんと指定しろ、と言われていた。

なぜなら、ただ単に飲み物を頼んでしまうと、お酒が出てくるかもしれないからだそうだ。


まあ、この容姿ならお酒は出てこないと思うけど。


そんなことを思いながらジュースを待っていると、上から話しかけられた。



「お隣空いてますかな?」


見上げると、これまたなんともダンディーな紳士がわたしを見下ろしていた。



「ど、どうぞ」

「では失礼するよ」



紳士さんはわたしの隣に座って優雅に長い足を組むと、メイドさんに赤ワインを頼んだ。

わたしはそんなお隣さんを盗み見る。



40代後半ぐらいに見え、長身で切れ長の青い瞳。髪にはいい具合に白髪が混じった黒髪で、いっそうダンディーさが増している。

瞳は濃い青色だ。


……かっこいいな。




わたしが見ているのに気がついたのか、わたしに顔を向けた。



「僕の顔に何かついているかな?」

「え、いえ……」



笑顔でそう言われたので、咄嗟に答えられなかった。


……だって言えないよ。見とれてたなんて。



そのときグッドタイミングでメイドさんたちがやって来た。

わたしにはおそらくオレンジジュース。紳士さんには赤ワインが渡された。

オレンジジュースなのにおしゃれにもワイングラスに入って運ばれて来た。



「乾杯でもするかい?」

「何にですか?」

「うーん……僕たちの出逢いに?」

「出逢い……」

「そう。出逢いに乾杯」



紳士さんがグラスをかたむけてきたので、わたしもグラスをかたむけてカチンッと乾杯をした。



「うん、ワインは赤に限る」

「おいしい……さっぱりしていてフルーティー!」

「それはたぶんオレンジとレモンをブレンドしたやつかな。僕も飲んだことあるよ」

「へえー……」




オレンジジュースはいつもポ○ジュースだったわたし。こういうのも悪くない。


わたしがもう一口ジュースを含むと、紳士さんが話しかけてきた。



「君はいくつだい?」

「18です」

「18!もっと下かと思っていたよ」



……やっぱり、そう言うふうに見られてしまうんだな。



「ああ、気を悪くしたなら謝るよ。その気持ちは僕もわからないでもないからね」

「え?」

「僕が君と同じ年の時にこういったパーティーに出たことがあるんだ。普通に飲み物を頼んだんだけど、お酒を出されてしまってね。あのときは驚いたよ」



……へえー、カイルさんが言っていたことは本当だったんだ。



「じゃあ、僕は何歳ぐらいに見える?」

「ええっと……40代ですか?」

「そう言ってくれるのはうれしいけど、残念ながらハズレ。僕は50代だよ」

「ええ!そう見えません!」

「あはは……お世辞でもうれしいねぇ」



……お互い様だな。外見はあまりあてにならない。



「おっと、僕の連れが戻って来た」


紳士さんがそう言ったので、わたしはきょろきょろと見回した。すると、若い女性がひとりこちらに向かって歩いて来た。紳士さんが立ち上がったから、わたしもつられて立つ。



「どうだったかい?」

「もうみなさん久しぶりで、話に花が咲いちゃったわ!なんて言ったって2年振りなんだもの。
……あら、そちらのかわいいお嬢さんは?」

「君を待っている間に話し相手になってくれたんだ」

「まあまあ、主人がお世話になりました。この人の話は退屈だったでしょ?自分のことばっかり話すんだもの」

「い、いえ……」

「そう言えば、息子は見つかったかい?」

「ダメだったわ。人が多すぎるもの」

「僕もなかなか見つからなくてね。君は一目で見つかるのに」

「まあ、あなたったら……」



……キャー!アツイ!アツすぎる!目が火傷しそうなくらいラブラブなんですけど!

見ているこっちが恥ずかしい。



でも、なんてかわいい奥さんだろう。20代に見える。背はやっぱりわたしよりも少し高いけど、長い銀髪をしている。少しくせっけなのか、ところどころはねているけどいい感じにパーマがかっていていい感じ。

瞳は青でパッチリとしている。



そしてなにより、絵になる夫婦だ。お似合いすぎる。



「……こんなところでもイチャイチャするなよ」



カイルさんがいつの間にか戻って来ていた。その顔は呆れてものも言えないといった感じだ。



「あら、いいじゃないの。夫婦円満の秘訣はスキンシップよ!」

「カイル久しぶりだな。元気だったか?」

「誰かさんがいないおかげでストレスが溜まっているがな」

「あら、ストレスなんて溜めていたら寿命が縮まるわよ?」

「そうだ、僕みたいにのびのびと毎日を過ごさないとなぁ」



夫婦二人はその後ラブラブなムードに入ってしまったので、わたしはカイルさんの隣に行って聞いてみた。



「あの、この方たちは?」

「……俺の両親だ」

「へえー、両親……両親?!」

「……」



え、じゃあ待って?



「お母さんはおいくつ?」

「よ「わーわーわー!!」



カイルさんが口を開こうとしたら、お母さんが遮ってきた。



「……なんだよ」



カイルさんは舌打ちをして不機嫌に言った。



「そんなに母親の歳を公言するもんじゃありません!」

「……少なくとも俺の歳を知っている時点で、外見とは釣り合っていないけどな」

「もう!どうしてそういうことを言うのかしら!昔はあんなに「悪かったな!」

「あら、わかればいいのよ」



……お母さんパワー恐るべし!カイルさんをあっという間に抑えてしまった。



「ちゃんと城には戻って来るんだろうな?王が不在の城なんて聞いたことがないぞ」

「えーいいじゃないか。王様だって城を抜け出したいときがあるんだからね」

「2年間もか?」

「……」

「あら、そう言えばまだ自己紹介がまだだったわね」

「話しを変えるな」

「いいじゃないの!わたしの名前はヘレン・ヤ・シュヴァリート。主人はセレスよ。あなたのお名前は?」

「カノンです」

「カノンちゃん!まあまあいい名前ね!
……ところでカイル?カノンちゃんとはいつ出逢ったの?」

「……」

「カイル?聞いてるの?」



わたしも不思議に思ってカイルさんを見たら……笑っていた。しかもニヤリと。


……もしかしてなにか企んでる?




「ああ、教えてやる。しかし、城で、だ」

「ええ!ここでもいいじゃないの」

「いいや、城でしか話さない」

「……カイルのケチ。どうしましょうか?城に戻りましょうか?わたしは帰りたいんだけど」

「……(上手く口車に乗せられているなぁ)」

「ねえ、あなた!今日は無理かもしれないけど、明日なら帰れるわよね!」

「ああ、わかったから腕をそんなに振らないで……」

「やったぁ!じゃあわたしまだ話したい人がいるから失礼するわね!」



ヘレンさんはあっという間にいなくなってしまった。



「カイルも成長したなぁ」

「まあな」

「……他にも報告とかがあるんだね?」

「あたりまえだ。リチリアのこととこいつのこと」

「カノンちゃんも?リチリアは紫姫関係だろう?カノンちゃんもそのことに関係しているのかい?」

「まあ、ここでは話せないがな。だから城になんとしてでも帰らせたかった」

「そう言うことなら仕方ない。もう少ししたらおとなしく宿に戻って荷造りをするよ」

「ああ、頼んだ」

「じゃあ、カイル。城でまた会おう。僕も話したい人がいるからね」

「ああ」




セレスさんも去ってしまった。赤ワインをぐいっと飲み干して。


……お酒に強いのかな?



「やっぱり紫姫のこと知ってましたね。リチリアの情勢も」

「ああ、そうだな。そんな類いの情報だけはきっちりとしているからな。漏れのないようにしないためだとよ」



わたしもジュースを飲み干して、グラスをメイドさんに返した。何か食べたい気分だけど、緊張からか胃がキリキリとして痛い。

今日は止めた方が良さそうだ。



「お、最後のスイーツが出たな。結構人気があるんだ」

「どれどれ?どれですか?」



わたしはカイルさんの腕の裾を掴んで揺すった。



「……あのケーキだ。あれ目当てで参加する人も珍しくはない」

「わーい!前言撤回!ケーキは別腹ですから!」



わたしはカイルさんの制止も聞かずにケーキに一目散に駆け寄った。



「あのケーキ、結構酒キツいんだけどな」



手遅れになる前にカイルさんにあと一歩のところで止められたのは言うまでもない。



「ぐすん、わたしのケーキ……」

「果物は食べるな。酒に漬かっていたやつだからな。スポンジとクリームは食っていい」

「やった!いただきます」



わたしは果物をすべて避けてケーキを食べきった。あー、美味しかった!クリームは甘さ控えめだけど、スポンジからは卵の味がしてケチってないんだなって思った。



「……あ!ズルいカイルさん!果物食べてる」

「あ?残すのもったいないだろうが。それに俺は成人だからいいんだ」

「……」



……今気づいたけど、完全に間接キスじゃん!わたしが使ってたフォーク使ってるし!カイルさんはそう言うの気にしないのかな?


わたしはカイルさんにバレないように悶絶していたのであった────