「これはこれは、カイル様ではありませんか。お久しぶりでございます。……カイル様、つかぬことをお聞きいたしますが、こちらの女性は?」

「連れだ。気にするな」

「左様でございましたか。では、あちらで呼ばれてしまいましたので、失礼いたします……」




ただいまわたしはカイルさんの縁談の魔除け……じゃなくて、ただのお連れ役をしている。

みんな一応カイルさんに挨拶はするけど、堂々とは自分の娘を紹介できないみたい。

見事にわたしという連れの存在で、一目散にばつの悪い顔をして去っていく。


……でも、やっぱりここでも視線がいたい。カイルさんの隣はなかなか居心地が悪いぞ?



ここはリチリアの大広間。パーティー会場だ。

派手な格好をした貴族や王族がうろうろしている。

下心丸見えなおじい様やお嬢様なんかが変に目立ってしまっている。



「カイル殿、お久しぶりです。いつもお世話になっております」

「クロン殿、お久しぶりです。こちらこそお世話になっております」



見知らぬ優しそうな紳士が話しかけてきた。二人はガッチリと握手をしている。


……カイルさんの知り合いかな?


さっきまで笑顔を引っ付けていたカイルさんが、本物の笑顔をクロン様に向けているからそう思った。



「……さて、カイル殿。私にそちらの可憐なお嬢様を紹介してはいただけませんかな?」



笑顔でそう言われたので、わたしも笑顔を返した。



「彼女はカノンと申します。カノン、こちらはシヴィックの国王の側近で、クロン殿だ」

「ごきげんよう」



わたしはまだ慣れない決まり文句を言って、淡い青色のドレスの裾を摘まんだ。



「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。このようなパーティーに出席するのは初めてとお見受けします。もっと肩の力を抜いてください」

「重々承知しているのですが……」



わたしは本当に困った顔をクロン様に向けた。

……さん、じゃなくて様。これだけは忘れるなとルーニー君に釘を刺されている。



「本当に可愛らしい女性だ。失礼ですが、お年を聞いてもよろしいですか?」



クロン様はハハハハ……と笑って聞いてきた。

……さあ、どんな反応をするだろうか。



「18になりました」

「18!それはそれは。お若いですなあ。私の娘と同い年ですな。
私が18のときはまだまだ遊んでおりましたぞ」

「……クロン殿。あちらで待たせている者がおりますので、これで」

「おお、すみません、私としたことが。カイル殿は人気がありますからな、独占していては目の敵にされてしまいますなぁ。では」



……ふう、なんとか乗り切った。でも不思議だな。みんな眼鏡のことは聞かないんだな。

ご老人たちは眼鏡をかけていたりするけど、こんなわたしみたいな子供っぽい人が眼鏡をかけているなんて、珍しいのに。


……ていうか、クロン様、わたしの歳を聞いて驚いていたな。やっぱり間違えられるのか。


……ショック。でもケルビンとシヴィックは仲が良いことがわかったぞ。


わたしが見た感じ、国王とかはこのパーティーには居なさそう。やっぱりみんなリチリアのことを警戒しているのかな。それとも国王は出席できないのかな?


……あ、国王が国を出ちゃったらダメか。国がもぬけの殻になっちゃうから。



そんな考え事をしていたのがいけなかった。


慣れないヒールのある靴で歩いていたから、気が散って少しもつれてしまった。

転びそうになったけど、隣を歩いていたカイルさんに抱き止められた。

周りの女子から控えめに悲鳴があがる。


……やめてほしいわその反応!



「考え事をするな。それとあまりきょろきょろするな。不審に思われる」

「す、すみません……ありがとうございます……」



辺りをチラチラとしていたのがバレていたらしい。

カイルさんに立たせてもらった。


……よかった帽子が落ちなくて。咄嗟に押さえたのが項を制した。

実は、この薄ピンクでつばの広い、造花があしらわれた帽子の中にはティノがいる。


すっかりなつかれてしまい、なかなか離れてくれなかったのだ。

今は寝ているみたい。でもいつ起き出してにゃーにゃー言い出すかひやひやものだ。



「しっかり前を見て歩け。堂々とな」

「わかってますよ……」



わたしが膨れると、カイルさんに鼻で笑われた。



「なんですか、鼻で笑って」

「いや、少しは肩の力が抜けたか、と思ってな」

「……」



そう言うと、カイルさんは少し口角を上げた。


その一部始終を見ていた女子どもからまた悲鳴が上がる。


……おまえらは女子高生か!おとなしくお嬢様をやってなよ!



カイルさん人気、恐るべし。さらに視線がいたくなった。



「カイル様、相変わらず人気者ですね」


わたしたちにひとりの綺麗な女性が近寄って来た。そう、綺麗なのだ。美しいと言ってもいい。

小顔でシンメトリーな顔のパーツ。そして長いブラウンの髪。さらには見事なプロポーション。


……新手か?!



「いい迷惑だがな。元気そうだなシルヴィア」

「はい、毎日手紙が届くんですもの……」


シルヴィアさんはフフフ……と笑った。

手紙?誰からの?



「アルバートとは最近会っていないようだな。淋しがっていたぞ。大袈裟に」


……アルさん?とこちらの綺麗な女性……まさか。



「まあ、それは初耳ですわ!今度そちらに伺いましょうか。
はじめましてカノンさん。アルから話は聞いているわ。わたしはシルヴィア。シルヴィア・ラ・ガーデ。アルバートの許嫁です。どうぞシルヴィとお呼びください」



自己紹介した後にシルヴィさんがお決まりの挨拶をしてきたから、わたしも慌てて返した。



「はじめまして、カノンと申します、シルヴィさん」

「まあ、さん、はいりませんわ!シルヴィとお呼びください。わたしたちは同い年よ?」

「へ?」



わたしは予想だにしない衝撃的な言葉を聞いて、変な声が出てしまった。


だってだってだって!こんなに大人っぽい人がわたしと同い年?!信じられない!

背も高いし、足は長くて細いし、声だって女性の甘くて綺麗なボイスだし、緑色の瞳は二重瞼でパッチリしているし。


なんていったってあるべきところにちゃんとした存在があるじゃん!ドレスでさらに際立たせられているし!

……本日二度めのショック。




「フフフ……アルから聞いていたとおり、かわいい人ね」

「……止めておけ、おだてると図に乗るからな」

「あらあら、フフフ……ではごきげんよう」



シルヴィは終始笑顔で立ち去った。



「おまえ、場をわきまえろ。何を今まで勉強してきたんだ。間抜けな声を出すな」


……カイルさんにも新しい釘を刺された。



「シルヴィアの国はシヴィックだ。クロン殿のひとり娘だ」



カイルさんに小声で説明された。

さっきの優しそうな紳士から完璧な美女が産まれるのか。お母さんを見てみたい。


あ!だからカイルさんとクロン様は仲が良かったんだ。納得納得。



「カイル様!お久しぶりでございますわ」



……しばらく女子の猛アタック劇や親父たちの腰の低いご機嫌とり、政治的な挨拶が続いた────