「おはよー、夏音(かのん)」

「おはよー、志織(しおり)。今日も暑いねー」

「ほんとほんと。溶けちゃいそうだよ」

「……ああ!!溶けちゃう!」

「なにが?」

「学校に持ってこようと思ってたトッポを、家の机の上に置いてきちゃった!」

「あんたってほんとドジね。成績優秀なのに」

「最後までチョコたっぷりどころか、最後までチョコどっぷりだよ……」



この、トッポのことで項垂れているのは杉崎夏音。つまり、わたし。


そして、そんなわたしを横目で見ながら隣であちーあちーと顔を手で仰いでいるのは、友達の山本志織。




わたしたちは今年で高校3年生。勝負の夏、と言っても過言ではない大事な時期に差し掛かっている。

今日も授業の後には入試のための補習がある。

補習と言っても自由参加だし、先生は生徒の質問を答えるためだけにいるから、結構楽だ。

それを良いことにわたしは、全然咎められないから、お菓子をいつも持って行って食べてたんだけど……。




「ほんと、最悪。頭働かない」

「とかなんとか言っちゃって、そんな難しい問題やってるじゃない」

「好きでやってる訳じゃないってば……」

「あーもー、そんなに睨まないでよ。夏音って糖分足りないといつも不機嫌だよね」



そう、わたしは今めちゃくちゃ不機嫌モードに突入中。

授業はあっという間に過ぎて行き、今は補習の時間。あと1時間はやっていこうと思っているんだけど、トッポを忘れたことで怒り心頭中。さらに中のチョコが溶けているのかと思うと……



「はあ……ほんと、最悪……」


わたしは何度目かわからないため息を吐いた。


「おいおい、そんなにため息吐いてたら幸せが逃げちまうぞ」


後ろから低めの声が聞こえてきた。


「拓也(たくや)、あんただってさっきからあくびばっかりじゃないの」


志織が後ろに座っている野島君に返した。


志織と野島君は小学校からの幼馴染みだ。別に狙って同じ高校に入ったわけではないらしい。

野島君はもうちょっと偏差値の高い公立高校を受けたのだけれど落ちてしまい、滑り止めだったこの私立高校に入った。

わたしと志織は特待生として入学。だから、こんなに入試のために猛勉強することは初めてと言える。



「俺は志織に話しかけてねーよ、夏音、そんなに糖分が欲しいのか?」

「欲しいです。飴でもなんでもいいから欲しいです」

「じゃあ、この問題の解き方を教えてくれたら、お望み通りこのキットカットをあげるよ」

「わーい!キットカット!どれどれ?……この問題はね……そうだなぁ……」

「夏音、いいように使われてるわね……」


そんな呟きも聞こえず、わいわいしだした二人をほっといて、志織は先生に質問をしに席を立ったのだった。