「大丈夫か……?」

「……はい……でもっ」




後ろから抱き締められてはいるけれど、やっぱり恥ずかしくなり手で顔を隠す。

顔を見られていないとはいえ、赤くなっているであろうこの顔をさらけ出したくない。




「……なぜ隠すんだ」



後ろにいるカイルさんの吐息が耳にかかり、思わず身動(じろ)ぎをする。

くすぐったい。

身体も、心も。




「そういえば、なんでカイルさんはアルコール臭くないんですか?お酒飲んでいましたよね?」

「飲んでいたのは最初の内だけだ。その後は飲んでいない」

「え、でもワインとか……」

「酔った勢いで、やりたくなかったからな……」

「……や、やるって……確定してたんですか?」

「……いや、断られると思っていた。まだおまえは経験していないし、それに若い」

「……どの口がそれを言うんですか」

「ははは……確かにな。俺も若すぎる年からやっていたからな」



笑いの震動が直に伝わってくる。

わたしもつられて笑ったけれど、でも、タイムリミットは間近に迫っていた。



寝てもらわなくては困る。




「カイルさん、もう寝ません?明日も早いんでしょう?」

「……そうだが、まだ寝たくない」

「なんで……?」

「おまえは今日ずっと、小さく見えていた」

「へ……」




それはこっちのセリフだ。カイルさんもやけに小さく見えていた。





「どこかに遠くへ飛んで行ってしまいそうな、そんな儚さを感じていた」

「……」

「だから、この腕から離したくないと思っている。離せば、おまえはいなくなりそうで、俺は怖いんだ……」

「そんな……そんなことありませんよ。カイルさんこそ、小さく見えましたよ?」

「それは……気のせいだ」

「嘘。本当はわたしの儚さに寂しさを感じていたんでしょー」

「……お仕置きが必要だな」

「え?あ……ん……」



身体をくるりと回転させられると、頭を上に向かせられキスが落ちてくる。

そして、リップ音が響き渡りさらに顔に熱が帯びる。




「だから、そんな目で見るな」

「だから、どんな目ですか!もう……」

「まあそう怒るなって……」

「寝てくれたら、許します」

「なんだそれ……」

「いいから、寝てください!」




わたしはカイルさんの首にしがみついて懇願する。

寝てくれなきゃ……ダメなんだから。




「わかったわかった。だから少し離れてくれ。またやりたくなる」

「はあ……もう、疲れましたよ」

「俺も、あまり眠れていなかったからな……」

「……カイルさん?」




欠伸が頭上から聞こえたかと思うと、規則正しい息遣いがすぐに繰り返された。


寝るの速っ!まあ、助かったけど……




わたしはそっと立ち上がり、衣服を身に纏う。

はあ、いい筋肉……じゃなくて、かわいい寝顔。



ふと、それを見て思った。

カイルさんの言葉遣いが荒くなるときって……子供に戻ったとき?


子供の頃のカイルさんは今のルーニー君に近いところがある。

だから、大人を意識しなくなったときに悪くなるのかな……と思ったのだ。



どうでもいいことなのかもしれないけれど、その子供な部分を感じ取って、わたしの幼い記憶が反応したのかな、と考えてみる。

だから、惹かれたのかな……って。




わたしはベッドのすぐ脇にある小さなテーブルに目がいった。そこには青いオーロラ石と、赤い紐がついた鈴がひとつ、置かれていた。

オーロラ石がいつの間にか青くなっていたことに驚く。


この鈴……カイルさんにあげよう。



いったん手に取ってぎゅっと握ったけれど、わたしの私物を置いて行ってもどうせ忘れるんだし、と軽く考え、元の位置に戻した。


そして、カイルさんを振り返り近づいた。

手を額に乗せ、記憶を書き換える。ひとりの分をやれば、皆さんのも拗(こじ)れて拡散していくだろう。




その手を銀髪の上にポンと置くと、なでなでと滑らせる。




「ごめんなさい……あなたの感じた儚さは、本物です」




わたしはさっき瞬間移動で取りに行った地球の服が入った袋を手に持つと、今一度振り返る。わたしの私物は鈴だけで十分だ。


さよならなんて、言わないよ。





「またね、カイルさん……」







そして、透明な雫が一粒落ちたけれど、それの持ち主だった人はパッと一瞬にして居なくなっていた。




しばらくして、朝日がひとりの男の頬を照らし始める。