「おおー、人がたくさん」

「首都ですから」

「それもそうだね……って、前にも聞いた気がするそれ」





城下へと降りたわたしたち。

なんと、護衛さんはすでに祭りに潜入してしまっていたらしく、リリーちゃんの珍劇を見ていなかったのだ。もったいない……




「ええっと……確かここらへんだったはず……」

「何を探しているんですか?」




すっかり侍女という肩書きを消して、ひとりの女の子になっているリリーちゃんに聞かれた。

リリーちゃんも気合いが入ってるなー。ドレスとまではいかないけれど、大人な雰囲気を醸し出している。


それに比べわたしは……やはりあるべきところにない。リリーちゃんに負けている。

それに背も低い。リリーちゃんの方が高い。


またまたどよーんとするわたしだけれど、質問には答えなければ。




「……ケヴィさんがお店に入って行くのが窓から見えたんだけどね、そのお店どこだかわからなくて」

「ああ、居酒屋のことですか」

「知ってるの?」

「はい。そこに皆様は集まっているはずです。一般の市民が気を使わないように、って身分の高い人はそこで飲んだり食べたりするそうですよ」

「へえー。じゃあ、そこの料理とかを作ってるのは庭師の人たちだったりするの?」

「そうです。絶品らしいので、わたしも早く食べたいです」

「……食べ過ぎないようにね」




瞳をキラキラ……というか爛々とさせて熱弁するリリーちゃん。案外肉食系なのかもしれない。




「さあ、ここです!はー、お腹空いた」

「……うん。見たお店に間違いないね!」

「そうですよ。さあ、行きましょうって」

「うわ……」




グイグイと腕を引っ張られてお店のドアを開ける。

と、開けたと同時に活気が伝わって来た。




「お、リリー遅かったな。もうみんな食ってるぞ」

「全然遅くないわ!まだ始まったばかりよ」

「……けどな、若干一名出来上がっているのはいるんだよな」

「アルバート様……よね」

「早速あそこで泥酔してるぜ」




ルーニー君が後ろを親指で差す。そこにはシルヴィに膝枕されている金髪の男が一名。

……早いな。




「ところでよ、そいつ誰だ?」

「ナイショよ」

「はあ?なんだよそれ」

「ナイショはナイショよ。行こう」





なんだかリリーちゃんの魂胆が見えて来て、無言で頷くわたし。

ドッキリを仕掛けるつもりのようだ。その証拠にため口でわたしに声をかけた。


わたしはなるべく事を起こさずにそそくさとついて行く。その後ろからルーニー君が追いかけて来た。





「なあ、そいつ誰だよ」

「だーかーらー、ナイショって言ってるじゃない。しつこいわよ」

「……」





ガーン!とルーニー君の心の音が聞こえてきそうな程の落ち込みよう。ショボーンと俯いて、ニックさんとリックさんのいたところに戻る。

どうやら三人は仲良くなったみたいで、二人に冷やかされながらルーニー君は席に着いた。



……相当嫌われたくないんだね。





「ええっと……カイル様は……」




意外と人が多いお店の中、少し小さいから人と人の間をすり抜けるのに一苦労。リリーちゃんに腕を引っ張られているからはぐれずに済んでいるけれど、手を離したらもう会えない気がする。


しかし、運が悪いものだ。


するりとリリーちゃんの腕が抜け、あっという間にはぐれるわたしたち。リリーちゃんの焦ったような顔が見えたけれど、人が多くて合流できない。


そして、見えなくなってしまった。ポツーンと立ち尽くすわたし。



そのとき、横から腕を引っ張られた。




「……全く、何やってるんだよ」

「カ、カイルさん?!」

「なぜ驚くんだ」

「い、いえ……こんなに人の多いところは好きじゃないと思ってました……」

「俺だって騒ぐときは騒ぐ。ついて来い」

「でも、リリーちゃんが……」

「ルーニーに探させるから平気だ」

「それなら簡単に見つかりそうですね……」





リリーちゃんと同様、グイグイと腕を引っ張られる。でも、なるべく人が少ないところを選んで通っているようで、そこまで歩くのが苦ではない。



そして、たどり着いた先には皆さんお揃いで座っていた。

大きなテーブルを囲んで、セレスさん、ヘレンさん、ケヴィさん。さらにはラセスさんまで座っていた。


きっとお忍びで来ているのだろう。





「カイルどこに行って……ってそいつ誰だ?」




ケヴィさんがカイルさんに言ってきた。セレスさんもラセスさんもじっとわたしを見ている。

ヘレンさんだけはクスクスと笑っていた。きっとわたしだって気づいているはず。




「何言ってるんだ?わからないのか?」

「わからない。しかも、なんでそいつの腕掴んでるんだ?」

「ふふふ……あはははは!あー、おもしろい!可笑しー」




眉を寄せて真剣に聞いてくるケヴィさんが相当可笑しかったのか、笑い出してしまったヘレンさん。隣でセレスさんがびっくりしたような顔をしている。




「ど、どうしたんだい?そんなに笑って」

「だって……ねえ。傑作よねこれは!あははははははは!おもしろーい!」

「で、誰なんだ?」

「……わからないやつには教えねぇよ」

「はあ?なんだそれ」

「……ああ、なるほど。確かにこれはおもしろい」




ようやく事態の可笑しさがわかったようで、ラセスさんはふむふむと頷いている。


そんなラセスさんをケヴィさんは振り向く。




「おまえ、わかったのか?」

「わかるも何もないだろう……」




呆れ気味にそう返すラセスさん。

益々眉間にしわを寄せるケヴィさんがなんだか滑稽に思えてきて、申し訳なくなってきた。

セレスさんはお手上げ、といった感じで諦めている。




「ケヴィさん……わたしですよ。カノンです」

「は……?」

「ククク……その顔止めろ。笑える」




カイルさんが横でククク……と笑い始め、さらにしわが寄ったケヴィさん。

なんだかわたしも可笑しくなってしまって、笑い出してしまった。




「あははは!その顔止めてくださいって……涙が出そうです!」

「……全然気がつかなかった」

「その点、カイルはすぐに見抜いてこっちまで連れて来たんでしょ?さすがとしか言いようがないわね」

「確かに、僕だってどんなに人が多かろうが君だって一目でわかるよ」

「あらあら、わたしもよ」




またラブラブモードに入ってしまったため、しばらく放置することにする。

カイルさんがルーニー君を探しに行ったため、わたしはケヴィさんの隣に座る。

じっと見られて恥ずかしいけれど、なんとか話しかける。




「リリーちゃんにやってもらったんです。そんなに……別人ですかね?」

「ああ……わからなかった」

「それにしても女性は怖いな。もしかしたらはじめまして、と言ったその女性は二度目だったりするのかもしれない」

「……それは確かに怖いですね」

「ほう、ここまで変わるとは……女は化ける生き物なんだな」

「言い方がなんかイヤラシイですよケヴィさん」

「そうか?」

「そうです」




グチグチダラダラと話していると、楽器演奏が始まったようだ。

リズミカルなメロディーが耳に届く。


演奏者を盗み見ると……なんとカイルさんがいた。しかも弾いているのはバイオリン。

他の楽器はフルート、マリンバ、木琴、アコーディオン。


なんだか不思議な組み合わせだけれど、うまくマッチしていて心地がいい。




「カイルさんてバイオリン弾けたんですね」

「それはそうだ。ナリアさんにアルがいろいろと教わっていたとき、あいつも時々一緒に稽古を受けていたからな。アルは今あんなになっているから、代わりに出たんじゃないか?」

「なるほどな。だからカイル殿はなんでもできるようなイメージがあるのか。側近ができることは多い。そのほとんどに手をつけているなら尚更、な」

「あ、アルさんが乱入してる」




カイルさんがバイオリンを弾き始めて数分、突然アルさんがカイルさんに近寄って来た。

ふらふらとしてはいるものの、酔いがマシになったのかバイオリンを奪って演奏し始めた。

酔っているとはいえさすが側近。見事な演奏だ。ちらちらと何かを気にしているな……と目線の先を見ると、シルヴィがにこにこと笑いながら座っていた。

なるほど、カッコいい姿を見せたいわけね。




「……捕られた」

「あれは仕方ない」

「カイル殿は他には何ができるんだ?」




カイルさんがやれやれといった感じで戻って来た。

わたしの隣に座る。




「他?そうだな……ギターも弾けるしトランペットもできる。後はトロンボーン、クラリネット、アコーディオン、ピアノ、サックス……」

「かなりのやり手だな、カイル殿は」

「片っ端からやっていったからな。だいたいの楽器は使いこなせる」

「俺には音感というものが皆無でな、弾こうとは思わない」

「ですよねー。わたしもです。聞くのはいいんですけど」

「だよな」




話していると、ルーニー君とリリーちゃんが戻って来た。

二人の手にはトレーが乗っていて、お酒とおつまみが盛られている。




「皆様楽しんでますか?肴を持って来ましたよ」

「すみませんカイルさん……兄貴が大人げないことをして」

「いや、気にすることでもない。あいつはあいつなりに頑張っているんだからな」

「見え見えなアピール……」




わたしのその呟きにどっと笑いが起きる。




「見え見え、な!言われてみればそうだな。わかりやすいやつだなアルは」

「昔からだろ」

「昔話は置いといて、食べましょー!飲みましょー!リリーちゃん、ジュースある?」

「もちろんです」

「今気づいた……おまえカノンだったのか……」




遅っ!とみんなからツッコミを入れられ顔を赤くさせるルーニー君。さらに笑いが起こった。





「大成功だね、リリーちゃん!でもカイルさんとヘレンさんにはすぐにバレちゃったけど」

「ふふふ……カイル様の目は騙せませんね」

「あ、カノン、カイル殿のことは聞いたか?」

「カイルさんのこと、ですか?」





ラセスさんに突然聞かれたけれど、思い当たる節がない。

首を横に振ると、ケヴィさんがワインを飲みながら話し始める。




「カノンが空から落ちて来ただろ?そんときのカイルの反応が獣並みに素早かった……なんだよ」

「別に」

「話して欲しくないんだろ?でも俺は話すからな」

「なんでだよ」

「酒のいいつまみになる」

「……」





ケヴィさんの言葉を手で遮ったカイルさん。屁理屈な理由に宥められてふて腐れてしまった。ちびちびとワインを飲んでいる。

それでもケヴィさんは話し続ける。





なんでも、カイルさんは呼ばれた気がした……と言って天を仰いだのだそうだ。

そのとき、キラリと光る物が見えたらしく、それだけで非常事態だと察し走り出した。


その光った物はあの鈴だ。腰に付いていた鈴がわたしの居場所を教えたのだ。

落下していくわたしの身体目掛けて無我夢中で走るカイルさん。


その速さは尋常ではなく、誰も追い付けなかったそうだ。まさに馬のごとく走り、わたしの身体を見事キャッチした。


皆さんが追い付いた頃には上着をわたしの身体にかけ、片手は布を傷にあてがい、もう片方は力の回復に専念させていたそうだ。

でも、触るなの一点張りで誰にも触らせなかったらしい。

治癒を使えるのはカイルさんだけだったので、誰も抗えずに見守ることしかできなかったという。