「コナー……仲間のところに戻ってもいいよ」




……お母さんとの対話は、完全に途絶えた。もう、することもできない、できはしないのだ。


でも、不思議と涙は止まった。


だって、胸がいっぱい過ぎて……逆に涙が出ないから。




『それは、できぬ』

「どうして?あなたたちは消えてしまうんじゃないの?紫姫と共に」

『紫姫を護ることが我らの務め』

『最期まで、側にいるのが筋と言うもの』

『ですので、勝手かも知れませんがお供しますよ』

「……みんな……ジークまで……」




月の光に照らされているのは、コナーが三人とジーク。多分、わたしといたコナーが呼んだのだろう。



『すみません。博士さんたち。僕の不甲斐なさでこんな姿にされてしまっていて……』

『いや、気にすることはない』

『我らとて、嫌ではないのだ』

『むしろ、この島から姫たちを護ってこられたことを誇りに思う』

『ありがとう……ございます』

「コナー、わたしを降ろしてくれない?自分の翼で飛びたいの」

『御意』

『気をつけてくださいねカノンさん』

「大丈夫!」





わたしは……心が澄んでいくのを感じる。神経が研ぎ澄まされていると言ってもいい。

それほど、肩の荷が下りたというか、緊張がほぐれたというか、責任を背負わなくていいからだ。

いろいろと、あった。


母親のことや、封印のこと。


今は、それら全てが終わろうとしている。

夜はまだまだ長いけれど、終焉が近づいていることがはっきりとわかる。


……たぶん、島を瞬間移動させたら、倒れてしまうかもしれない。力を使い果たして死んでしまうかもしれない。

でも、それほど価値があるのだ。これからしようとしていることは。


……お母さんの命、無駄にはしないよ。




「あっ……始まった」




翼が現れたのでコナーから降りたとき、ちょうどそれは始まった。



目の前を太くて白い光線が貫く。

けれど、優しくて、柔らかい光だ。


その光は白亜の城の天辺に当たると、四方八方に分散し、センタル全体に降り注ぐ。

どうやら、城に張ってあった結界にわざと衝突させて拡散させ、街の隅々まで行き渡るようにしたようだ。



民家や床に当たる度に、さらに白く光り跳ね上がる。スーパーボールみたいにリズム良く跳ね、さらに遠くへと広がる。

崩壊したセンタルは、だんだんとその形状を取り戻しつつあった。


目を細めて光りの動きを追っていると、何やら動いている影が見える。あれは……


人間?




『どうやら、戦争で一度死んだ者が生き返っているようですね』

「……そう、なんだね」



ふらふらと揺れる影。それは徐々に力強さを増していき、光りに手を伸ばしたり、あるところに集まったりしている。


あるところとは……カイルさんたちがいるところ。



闇の穴はもともと戦場だったところにある。

歓声をあげながら集まる人人人。

こんなにも……死んでしまった人がいたなんて。




『見てください……山も……』

「あっ!」




光りは結界内に止まらず、結界の外にあったはずの山脈でさえも再生させる。

雪は積もっていないけれど、でも、青々と茂った樹木が見える。

ちらほらと白い花畑も窺うことができる。



……その花畑は、花言葉が『安らかに』の花が群生しているものだった。




光りはだんだんと弱まり、街並みはそれに反比例して再生が完了していく。


……そして、白い光りは消えた。静けさが戻る。

けれど、一度止まったかのように思えた光線は、ある一点だけに降り注がれた。



そこは、闇の穴。



いきなりだったため、穴の近くに集まっていた影が後ずさる。

けれど、四つの影は微動だにしなかった。


最後まで、見届けるつもりらしい。




『どうやら、人柱にされてしまった人々の命も使っているようですね。そして、その闇の穴が二度と開かないように消そうとしているみたいです』

「お母さん……」




封印まで、しようとしてくれているなんて……いや、封印というよりは、穴の抹消。

塞ぐなんて生半可なものではない。

魔物たちそのものを一網打尽にしようとしているのだ。




やがて、その光も消え、穴も完全に無くなり、静寂だけがセンタルの街を包み込む。

満月が見守るなか、事の成り行きを窺っていると、ふいに、頭上から重い音が聞こえてきた。



……始まった。



島の崩壊が、そして、この戦いの終わりを告げる音が。




ゴゴゴゴゴ……という地鳴りと、ボロボロと剥き出しになっている地面が崩れる音。

岩という岩が重力に逆らえず落下していく。



わたしはすかさず下に回り込むと、大きな岩にそっと触れる。

その瞬間、岩はパッと無くなった。


正確に言うと、無くなったのではなく移動させたのだ。

行き先は、この世界のどこかの海。


きっと、魚たちのいい隠れ家になるだろう。




さらに大きくボロボロと崩れ始める島。

滝の水が溢れ始めて焦ったけれど、ジークが紫色の火を吐いて対応してくれた。

コナーたちはその強靭な足や尻尾で、わたしの手の届く範囲に岩を押してくれる。



少しずつ形が崩れているだけだったけれど、力が薄まったのか、島本体も降下し始める。



いよいよ大洲(おおず)めだ。




「誰でもいいから、もしわたしが気を失ったら、受け止めて!」

『それは……』



ジークは何か言いかけたけれど、途中で止めた。きっと、それは無理だって言いたいのだろう。

でも、あえて言わずにしておいてくれた。


だって、気を失うということは、力を使い果たす直前ということ。助かる見込みは限りなく低い。




わたしはありったけの力をフル稼働させる。


そして、島の地面の先端に、ちょいっと指を付けた。


すると、たちまち島がパッと消える。



……わたしの意識も消えそうだ。



降下していく身体。耳に聞こえる風を切る音。

そして、コナーたちとジークの身体も落下していくのが見える。でも、彼らの身体からは白い光が漏れ出ていた。



……彼らは、紫姫と共に生かされ、紫姫と共に死んでいく。罪滅ぼしをした罪人は、その自由を許されるのだ。



さようなら。

ありがとう。

ごめんなさい。



どの言葉も当てはまるし、当てはまらない。

そんな関係のわたしたち。



……今は、落ちて行く。どこまでもどこまでも落ちて行く。





「カ……イル……さ……」





わたしは遠くなりかけている意識の中、目の前が滲み出し、透明な水が漂っているのだけを見ていた。


その透明な水の合間に、大好きな人の顔をちらつかせながら────