「そうだ。指輪を寄越せ……」

「お母さんを離してくれたら、あげるわ」

「ダ……メよ……カノン……」

「ああ、いいとも……やっと、やっと望んだ時が来る……」




あいつはお母さんを乱暴に床に叩きつけ、短剣もカキィン……と投げ捨てる。


そして、徐々に、わたしの手のひらに乗っている指輪をまさに血眼になって凝視しながら歩み寄る。



見逃すまいと……



その間、わたしはあいつの後ろにいるお母さんに、熱い視線を投げ掛け訴える。


これはひとつの賭けだ。上手く乗ってくれたおかげで成功率が少し上昇した。


あんたの方が甘いんじゃないの?


欲にまみれた女ほど、盲目な女はいない。





お母さんはしばらく焦点の合わない視線を泳がせていたけれど、短剣にチラッと視線を寄越したわたしの意図に気がついたようで、飛んで行った短剣に一生懸命手を伸ばした。

すると、短剣はお母さんの手にヒュンと吸い寄せられた。そして、そのまま宙に浮いている。


これが……お母さんの力……



カタッと短剣が吸い寄せられた時に音が立ってしまったけれど、どうやら耳に入らなかったらしく、あいつは羨望の眼差しで指輪に両手を伸ばす。



そして、今にもその指が指輪を掴もうとしたとき、わたしはその手のひらをぎゅっと閉じて、そのまま目の下に寄せた。




「誰があげるかあっかんべー!」




握った手の指を目元に置き、舌を出しあっかんべーとした。


あいつは予想外だったのか、拍子抜けした顔をしたけれど、すぐに怒りで真っ赤にさせる。



「おのれぇぇぇぇ!!!っ……」




けれど、その絶叫はプツリと切れた。



なぜなら、あいつの心臓のあるべきところに深々と短剣が突き刺さり、貫通していたからだ。


お母さんが後ろから短剣を投げ、見事に命中させたようだ。



わたしの本当の母親は、ふらりと前のめりに倒れて来た。わたしはその肢体を物を見るような目付きで見、サラリと避けた。


ドサッと音をたて崩れた身体。血が広がって行くが、何も感じない。



……おまえなんか、死ぬ運命だったんだ。死んで当然の存在だったんだよ!

当然の報いなんだ!もう転生なんてしないで、この世から消え去れ!



わたしは散々心で罵った後、お母さんのもとへと駆けつけた。


大丈夫?と声をかけて上半身を抱き起こすと、不意に頬に痛みが走った。



「へ?お母さん……?」

「あなたって子は……あなたって子は……」




わなわなと唇を震わせ、怒気を表した表情で、わたしを悲しい瞳で見つめるお母さん。

わたしは訳もわからずに涙目になる。なんで、ビンタなんか……



「あんな顔をする子供に育てた覚えはないわ!」



お母さんは大声にそう言うと、はあ……はあ……と息を整える。



「な、何言って……」

「お姉様が死んだとき、何を思ったの?!怒り?侮辱?死んで当然とか思ったの?!そんなこ……がはっ!」

「お母さん!」



いきなり血を吐き出したお母さん。口の端から滴り落ちて、床に真っ赤な花を咲く。



「二度と、死んだ人に向かってあんな冷たい目を向けないで!死んで当然な人間なんて、生き物なんて、どこにもいないのよ?!」



そういっきに吐き捨て、噎(む)せるお母さん。








……頭を思いっきり鈍器で殴られたような気分だった。