「ぷっ。かわいいーひゃー小さーい!きゃー!」




わたしは思わず声を上げてしまった。



皆さんが不思議そうにこっちを見ていたので、教えてあげる。





「あ、ええっと……小さいカイルさんがこの子のヒゲで遊んでるんですよ。かわいいー……」

「バッ……何見せてるんだよ!」




カイルさんが焦って声をかけるけれど、龍は素知らぬ顔ですましている。


小さいカイルさんは、見た感じ三歳とかその辺。猫のようにヒゲをひっぱったり揺すったりして遊んでいる。


そして、龍が顔を近づけてみると、満面の笑みでこう言った。




『きれいだね。すべすべしてる』



そして、頬擦りをしてきた。



その行動で愛しさを感じて、龍はカイルさんを選んだ。一生、護ると誓って……




「……素直」

「あ?なんか言ったか?」

「幼いときのカイルさんはかわいくて素直だって言ったんですよー。ねー」




水の龍にそうふると、うんうんと首を振っている。

カイルさんはふて腐れてそっぽを向いてしまった。



……なんだか、かわいい。




クスクスと笑っていると、頭に声が響いてきた。




『カノンさん!カノンさん!』



……ん?この声は……




「ジーク?」

『そうです!やっと繋がりました!良かった……』

「繋がった?」

『ずっと声を飛ばしていたんですけど、なかなか返事が帰って来なくて……カノンさんの気配がバッタリ途切れたものですから、心配で心配で……』

「ごめんね。実は今、封印のところに行っていたの」

『封印のところへですか?この変なやつらの?今駆除をしているんですけど、やってもやっても沸いてくるんです』

「あ、ねえ!今そっちの時刻はどのくらいなの?」

『え?はい、そうですね……痛いっ!咬むな!夕方ぐらいでしょうか』




じゃあ、そんなに時間は経っていないようだ。良かった……




「今そっちに戻る途中だからもう少し堪えて!」

『頑張ります!早く戻って来てくださいね』

「うん!わかった!」

「……誰と話しているんだ?」




ケヴィさんにそう聞かれてハッと気づく。そうか、皆さんには聞こえていないんだった……




「紫色の龍です。聞いたらまだそんなに時間は経っていないようです」

「ああ、あの龍か。そう言えばずっと城の外であいつらを追い払っていたぞ」




ラセスさんに改めて言われて、申し訳なく思った。ずっと外で休憩もしないで頑張ってくれてたんだな……




「それなら、こんなところでちんたらとしている場合じゃないね。急ごう!」




アルさんの言葉で走り出すわたしたち。

腰に付けた鈴がリンリンと忙しなく揺れる。まるで警笛のように聞こえて危険な感じがして、鳥肌が立ってきた。



……これからどうするか。




まずは、封印するのが先決だろう。でも、どうやって……?





「あのっ!封印って…どうすれば…いいんで…しょうか?」




走っているから言葉が途切れ途切れになってしまう。



「確か……あの闇の穴があっただろう?そこに追い返して出口を塞げばいいはずだ」

「あの穴か。広場にいきなり出てきたやつだな」

「穴ですか?」

「あの突風のせいで封印が解かれた後、突如として現れたんだ。そこから魔物が這い出て来た」

「……うぇ。想像したら…気持ち悪い!」

「とにかくだ、俺たちがそこまで追い払った後、この封印をぶっ刺せば穴は塞がるだろう」




……ぶっ刺す?鈴は刺せないけれど。




「鈴はどうすれば…いいんですか…ね?」

「鳴らしてればいいんじゃない?」

「え゛……」

「……クククッ……のんきな図だな」

「……」




パーカッションのタンバリンとかベルとかみたいにただ鳴らすだけ?

なんかヤダ。カッコ悪い。



カイルさんに笑われてむすっとしたわたしは、黙々と走り続ける。

それに、わたしは途切れ途切れになっているのに、どうして皆さんはスラスラと話せるんですか!


そこに体力の差を感じてさらにイヤになる。



そりゃあ……女の子だから当たり前だろうけど……運動部に入っていなかったけど……でも1人だけ一生懸命声を出しているのは滑稽に思えてくる。

お菓子ばかり食べていたバチが今当たっているのかな……




「あれ?行き止まり?」

「確かに。出口らしきものは見当たらないな」

「噴水しかない」



そう。走り着いた先には大きな噴水しかなかった。まるで彫刻のようにそこに佇む石造りの噴水。

水は噴き出しているけれど、強さが一定だからそのまま止まっているように見える。




「どうなっているんだ?」




カイルさんがそう言うと、今まで後ろからついて来ていた水の龍が、いきなり噴水にダイブした。

音も立たずにスルッと潜り込む。そしてこちらに顔を出して何かを訴えているようだ。




「……もしかして、これも濡れない水なの?」



わたしが問いかけてみると、当たりだったようでうんうんとまた頷いている。



「それじゃあ、ドアもある?」



それにも頷く。



「皆さん、行き止まりではありませんよ?噴水の中に出口があるみたいです」

「は?噴水の中?」

「わたしの後についてきてください」




わたしは噴水の中にツルリと飛び込んだ。

後ろから呼び止める声が聞こえてきたけれど、水の中に入ってしまえば聞こえない。




……案外深いな……



噴水の底は深いらしく、どこまでも広い。けれど、暗くてよくわからない。


すると、オレンジ色の光が上から飛んできた。


……ラセスさんの火の鳥だ!そうか!濡れない水だから平気なんだ!


それに、この水の中は苦しくない。息ができるのかと問われても、正直よくわからない。する必要がない、と言うのだろうか。しなくても苦しくないのだ。でもしゃべることはできないけれど。



前を水の龍と火の鳥が泳いでいる。火の鳥は飛んでいると言った方が正しい。自由にスイスイと移動しているのだ。

やがて、腕を誰かに掴まれた。振り向くとカイルさんだった。銀色の髪がゆらゆらと揺れている。


しかし、表情が穏やかではなかった。



きっと、勝手に飛び込んだのを怒っているのだろう。



その後ろからも心配そうな瞳が6つ、わたしを見ている。



わたしは微笑みを向けて、また泳ぎ出す。


……怖いことは何もありません。皆さんがいてくれるから。



そう言いたいけれど、届かないから胸の内に止めておく。



しばらく水の龍たちの後を追って泳いでいると、だんだんと目が慣れて来て周りが見えるようになってきた。

そこで、わたしは思わず止まる。


なぜなら、そこには大きな石造りの建物があったから。

宮殿、いや、帝国。


エジプトの遺跡のような都市が広がっていた。


……ここは、一体なんなんだろう。



知るよしはないけれど、何か神聖な感じを受ける。

水の都。宮殿。

けれど、ところどころは崩れていたり、すでに崩壊してしまっているところが見られる。


どうやらそこの中心部の大きな神殿に龍たちは向かっているようだ。





神殿の前まで泳いで行くと、圧巻だった。


見上げても天辺は見えず、宮殿がまるでドッシリと居座っているようだ。



……生きている。



ふと、そんな風に思った。この神殿は生きている。歴史を刻み、忘れ去られた繁栄。

誰もいなくなってもなお、ずっと待っている。


市民を、生きる者を────



と、ふと我に返った。そう言えばずっと手をカイルさんに握られているのに気がついた。

慌てて振り払おうとするけれど、ガッシリと握られていてどうすることもできない。



迷子になりませんって。


そんな非難めいた目線を送っても、ずっと見つめられるだけだ。


……はあ、もう、どうとでもなれ。


諦め気味に手から力を抜いた。すると、優しく握り直された。


……いったい何がしたのよ!


ふん!と前を向いたままにして、隣のカイルさんは見ないようにした。




……選ばれし人の子よ。

……選ばれし人の子よ。

……汝は誰を望むか。

……汝は誰を望むか。

……答えよ。

……答えよ。





これって……番人?



と思ったとき、神殿の奥から金と銀のイルカが泳いで来た。ここにもいたの?




……答えよ。

……答えよ。




わたしの答えは……



手をぎゅっと握る。





……そうか。

……それならば、言うことなし。

……進め、選ばれし人の子よ。

……例え、その身が滅びる運命(さだめ)だとしても。

……俺たちは送る。

……再び会い見えんことを。




番人はそう締め括ると、また水を送って来た。


後ろから強い水の流れが背中を押す。



そして、抗議する間もなく、神殿の奥へと流されて流されて……



記憶が途切れた。