「……というわけで、僕とシルヴィは晴れて婚約者になったのでした」

「……なんか、普通ですね」

「……そうだな」

「お互いに一目惚れだったんだな……」

「え、白けちゃったよ……どうしよう……赤裸々どころか赤くならずに白くなっちゃったよ……」

「……なんか、アルさんのことだからもっと何かあったんじゃないか、という先入観が邪魔して……」




お見合いみたいな形で対面した二人はめでたく、互いの好みにドストライクだったらしく、即効結ばれたらしい。

もっと……こう……なんというか、男のバトルを想像していたわたしたちは、意外な答えに拍子抜けしてしまったのだ。




「……僕の話聞いてもつまらないでしょうよ。なんかいいネタない?」

「……いいえ、特には」

「……ないよな」

「……そうだな」




う~ん、と悩んでいたとき、ずっと佇んでいた黒いドアが突然、真っ白になった。

そして、わたしたちが声を発する間もなく、光となってあっという間に消えてしまった。




「え!消えちゃったよ?」

「カイルはどうなったんだ?」

「まさか……カイル殿は……」

「そんなぁ……カイルさん……死ん「人を勝手に殺すな」



わたしが泣きそうになったとき、言葉を懐かしい声が遮った。

一斉に振り向くと、そこにはカイルさんが立っていた。傷ひとつ見当たらない。



「カイルさん!……ですよね?」

「……はあ?疑ってんのか?」

「だって……偽物ならコピーやらで疑心暗鬼に陥っているというか……」

「死んだ者もここでは健全だしな。本当にカイル殿かどうか信用できない」

「……はあ?ちょ待てよ。俺が偽物だって言いたいのか?」

「だって……死んでいる可能性の方が高いんだもん」

「それに、おまえどこから来たんだ?」




わたしも含め、みなさんも疑いの眼差しをカイルさん?に向けている。

本来なら感動の再開みたいな感じでワイワイとするんだろうけど、状況が状況なだけに、自然とそうなってしまったのだ。



カイルさん?は呆気に取られたような表情をしていたけれど、ケヴィさんの質問に答えた。



「あのでかい門だ」

「え?あそこから出てきたって言うの?」

「益々怪しいです……」

「なぜあの扉ではないんだ?黒くなったり白くなったり忙しなかったな」

「扉?なんのことだ?」

「それに、キャラが変わっている様に俺は思う。昔のカイルみたいだ」

「あ!それわたしも思いました。子供の頃のカイルさんの口調に似ているなって」

「……つまり、ガキに戻ったと言いたいのかおまえらは」




ラセスさん以外のわたしたち三人は頷いた。

もっと無愛想な感じだったけれど、言葉遣いがなんだか俺様に感じる。




「……参ったな。どう証明すればいい?」

「なにかありますかね?」

「さあ……アルはなにかあるか?」

「う~ん……ひとつだけ試したいことはあるけど、なんか殺されちゃいそうな気がする」

「え、あるんですか?」

「あるには、あるんだけど……でもあんまりやりたくないなぁ」

「……なんでもいい。とにかく俺が本物だと証明してくれ。第一偽物だと考える方がおかしいがな」

「……じゃあ、多分これで証明できるはず。でも、絶対殺さないでね?間違っても殺さないでね?」

「前置きが長いぞ。さっさとやってくれ」

「うう……多分本物じゃないと過敏に反応できないはず。だって人じゃないもん速さが……それに怖いし……」




ぶつぶつと呟きながら、アルさんはカイルさん?の後ろに回った。

わたしたちは頭の上にハテナマークを浮かべながら、成り行きを見守る。




そして、腕組みをしているカイルさん?に指を伸ばしたかと思うと、その空いている脇をちょいっ、とつついた。



……その後はなにが起こったのかわからなかった。



瞬きをした瞬間、アルさんはカイルさん?に馬乗りにされていた。

うつ伏せになったアルさんの腕は、カイルさん?に見事に背中の上で拘束されている。

背中を向けられているから表情はわからないけれど、カイルさん?からは黒いオーラが見え隠れしている。



「アルバート・デ・ハンター……」

「は、はい!」

「……二度とするなと言ったな?俺は以前に」

「は、はい!それは十分承知しています!ですが、緊急事態でありまして……」

「問答無用だ……ここで死ね」

「待て待て待て待て。殺すな落ち着けカイル。おまえの疑いは晴れたから殺すな、逆に感謝しろよ……」




今にも剣を抜きそうだったカイルさんをなだめに入ったケヴィさん。肩に手を乗せて、まあまあ、と叩いている。



「二度と、するなよ……」

「わかりました!わかりましたから退いてくれませんか……?」

「……ちっ」

「……さすがに、王子だな。腹の底に響くような感じの声だった」

「……(カイルさんって本当は怖いんだ。アルさんよりも怖いのかもしれない)」




カイルさんが退いてくれたから、アルさんは冷や汗をかきながら、あはは……と笑いながら立ち上がった。



「多分、本物じゃないとあれだけの迫力はないと思うよ?」

「ですね……肝に命じておきます」




ケヴィさんに何か言われているようだけれど、全く聞く耳を持とうとしないカイルさん。そっぽを向いている。



わたしはそんなカイルさんに近づく。




「カイルさん……なんですね」

「……ああ。とんだ迷惑だ。人を勝手に殺したと思ったら偽物ではないかと疑うし……」




わたしの方を見ないでまるで拗ねているような口調で言った。

……確かにさっきは失礼しました。




「でも、無事でよかったです……」

「俺が死ぬわけがないだろうが」

「はいっ……そう……ですよ……ねっ」

「……ちっ。泣くなよこのぐらいで。俺は生きている。おまえも生きている。誰ひとりとして欠けていないんだからな」

「はいっ……わかって……ます……けどっ!でもっ!生きてて良かったぁぁぁぁ……」




わたしは脱力したように床にぺたんと座ると、声を上げて泣いた。

緊張の糸が切れたと言ってもいいだろう。ここまで変に気が張ってて頭が正常に働いていなかった。


門に彫られた文字から始まり、黒いドア、変な夢、消えたドア。そして突然現れた本人。

次々と不可解なことが立て続けに起こって、プチパニックに陥っていた。



しかし、そのパニックはカイルさんが本物だとわかっていっきに爆発したのだ。




手を顔に当てて泣くわたし。

周りは困ったような笑みを浮かべて見守っている。



「おまえは本当に忙しいな。いきなり泣き始めやがって……そんなに俺を心配してくれたのか?」




カイルさんの言葉に、こくこくと頷く。

だって……もし死んでしまったら……と考えただけで身の毛がよだつような感覚だった。

背筋が冷たくなって……頭も真っ白になって……


飼い主を待つ忠犬のごとく、扉をただひたすら眺めて待っていた。

けれど、その忠犬はツンデレのようで、飼い主が帰ってきたというのに吠えまくった。


本当は帰りが待ち遠しくてずっと座っていたけど、いざ帰って来たとなると、素直に喜んで飛び付けない忠犬。

……もはや、駄犬でしかない。



けれど、飼い主もまた飼い主であった。




カイルさんは頭を掻いていたけれど、近づいて来て指と指の隙間を狙って、でこぴんをしてきた。



「バカが。何泣いてんだよ」



そんな言葉をかけられたけれど、それとは裏腹に頭を優しく撫でられた。


───忠犬は顔を上げる。


飼い主の顔は照れくさそうだったけれど、まんざらでもなさそうに見えた。



「……おか、えりなさい。カイルさん」

「……ただいま」




そう言うと、さらに恥ずかしそうに顔を背けられた。

……カイルさんも案外かわいいところあるな。



わたしは止まった涙に気づくことなく、クスリと笑ってしまった。


途端にギロリと睨まれたけれど、なんだかおもしろいようなくすぐったいような感じがして、怯むことなく笑みを返した。

カイルさんはさらにいたたまれなくなったのか、わたしに背を向けて腕を組みドカリと座った。



……素直じゃないんだから。でも、この距離感は嫌いじゃない。

わたしがさらにクスッと笑うと、ラセスさんがまた爆弾発言を投下してきた。




「……やはりカイル殿になりそうだ。見ていて飽きないコンビだしな。それに意外と夫を尻に敷くタイプなのか……?」