俺は立ち上がり、じいさんに話しかけた。




「俺は何をすればいいんだ?」

「そこから出てってよ!」

「……は?逃げろと言うのか?」

「そうだよ!あの扉の向こうにはみんなが待ってる!」



じいさんはいつの間にか持っていた剣で炎の鷹を撃退している。

そのじいさんが示したのは急に現れた扉。


……あの向こうに、いるのか……



「そうだよ!逃げないと!君殺されちゃうから!」

「……」

「そうはさせるか!」



俺が無言で扉を見ていると、炎の鷹が俺に向かって来た。

……めんどくせぇ。



水を出すことも億劫で、ひょいと横っ飛びをした。

……が、俺は後悔した。


その鷹は勢いをそのままに幼いカノンへと一直線に飛んで行く。俺の近くにいすぎたのだ。



……止まれ!



俺は慌てて鷹の後を追うが速すぎる。それに遠すぎて力の射程外だ。

……カノン!逃げろ!



しかし、カノンもまた、飛んでくる炎を見つめるばかりで動こうとしない。



「逃げろ!」



俺は精一杯叫ぶが間に合わない。


すべてが、スローモーション。


炎の余韻を撒き散らしながら飛ぶ鷹。

俺の言葉を聞いても動かないカノン。

ケヴィも驚愕で目を見開いている。

じいさんも俺と同様に駆け出しているが、間に合うかどうか……



……止めろ……止めてくれ……

例え本物でなくとも、炎に包まれるカノンなんか見たくもない。

止まれ……止まれ……



しかし、俺の願いもむなしく炎の鷹がカノンの目の前まで迫っていた。



「カノン!」



じいさんが辛うじて俺よりも間に合い、カノンを抱き抱えて横に飛び込む。

しかし、鷹もやはり速かった。



鷹はその倒れているじいさんに……


燃え移ったのだ。



「ああああああ!!!!」




じいさんの悲鳴が響く。俺は射程内に入ったじいさんに急いで水をかける。


……無事か?!



「ううう……熱い……熱い」

「今水かけてんだろうが!」

「違う……んだ……この身体は仮だから……儚く脆い……」

「な……なんだと!」



確かに、水をいくらかけても炎は消えない。服は空しくも燃え続けている。



「くそっ!どうにかならないのか!」

「……無理だ」

「ケヴィ!おまえがやったんだ!どうにかしろ!」

「だから、無理だって言ってんだろ!」



ケヴィはそう叫び、俯いた。


……本当……なのか。

もう、助からないのか。すでに死んでいるじいさんだが、また死なせることになるとは……



俺が水をかけるのを止めないでいると、じいさんがカノンを胸から離した。

カノンは立ち上がり、じいさんを不思議そうに見ている。



「お……じいちゃん?あついの?いたいの?」

「……とにかく熱いかな。カノン、怪我はない?」

「ないよ?でもおじいちゃんのせなかが……」

「大丈夫大丈夫。直に光になって消えるから」

「わたしも?」

「そのうち、ね」




じいさんの背中は焼かれ、服も灰になり丸出しになっている。額を汗が流れて行く。

……俺のも、じいさんのも。


しかし、止まることを知らないこの炎はいつまでも燃え続けている。



……あ、あった。右肩近くの背中に、あの星印が。




「じいさんの刻印はそこにあったのか」

「うん……そうだよ。本物の身体にもあったよ」

「……ん?ということはじいさんは本物なのか?」

「そう……だよ。本物の魂。コピーでも偽物でもない本物さ。ケヴィとカノンは偽物だけど、この二人はまだ実在するから、傷を負ったとき本物にも影響が出るかもしれないね」

「なっ!それを早く言えよ!」

「二人は同じ空間にいるから……共鳴反応を……起こして……それで……」

「死ぬかもしれないな。俺が死ねば本物も死ぬ可能性がある。カノンも同様に、な」

「だからあんなに必死だったんだな。助けることに……」

「孫娘が目の前で死ぬのなんて……見たくないからね……ああ、そろそろ時間だ……」



その言葉を合図に、じいさんの身体から光が溢れて来た。背中を筆頭にして、そこから徐々に広がっている。



カノンはその光に手を伸ばして掴もうとしている。



「いかないで……」

「カノン……できればそうしたいけど、僕はこれを望んでいたんだ。カイル君よりも先に死んで……鍵となり若者の手助けを……することを」

「じいさんも……十分に若いじゃねぇか」

「だから……これは……仮だって……言っ……た……じゃ……ん……」




じいさんは最期には瞳を閉じて、笑みを見せながら光となった。

そして螺旋状に上昇し、白い彼方へと消えていった。



「またね!」




───カノンの呼び掛けに返ってくる声はなかった。