「カイル、起きろ。いつまで寝ているんだ」

「……ケ……ヴィか」

「今日もおまえは俺に勝てない。それでも、やるか?」

「は……?」



ケヴィ……だよな?しかし、声が幼い。

それに、今日も……?



俺は寝ている身体を起こして声の主を確認する。

……やはり、幼いケヴィだ。6歳ぐらいと見受けられる。



俺は立ち上がり、少し遠くに立っているケヴィを眺める。

懐かしいな。子供でも大人でもそう変わっていない。



「なんだ?小さいとでも言いたいのか?」

「よくわかったな」

「だが、力も小さいと思うなよ?」

「……いきなり何をする」

「力比べだ!」



咄嗟に腕を伸ばし、阻止する。

ケヴィが炎の玉を飛ばして来たのだ。それに俺は水の玉をぶつけ蒸発させた。

ジュッ……と音がなり、空中で湯気が立つ。


……また戦えるのは嬉しいが、相手は子供。手加減が必要だろうな。


俺は剣を抜かずに、この手に水の剣を作りだす。

これなら怪我はしないだろう。打撲ぐらいはしてしまうかもしれないが。



拳に炎を纏わせたケヴィが突っ込んで来たため、その炎に水の剣を当て消そうとした。


……が、炎に圧され水の剣が消滅した。俺は慌てて後ずさり、距離を取る。



「……カイル、ふざけているのか?手加減は無用だ。さもなくば、おまえの命はないぞ。
言っただろう、力比べだと。負けることのわかっている試合をわざわざふっかけるとでも思っているのか?」

「……ちっ」

「……本気でかかってこい。そうしなければ俺には勝てない。俺は殺すつもりでいかせてもらう」

「……」



殺し合いをなぜしなければならないんだ。

……いや、待てよ。そもそもなぜあいつがここにいる?しかも幼くなって。

それに他のやつらはどうした?どこに行ったんだ?



あれこれと思考を巡らせていると、ケヴィが襲いかかって来た。

炎の鷹を自由に操り俺を翻弄する。やはりスピードが速く、避けるので精一杯だ。



「考え事などしている暇はないぞ」

「なら、質問に答えろ。そうすれば本気を出してやる」

「質問次第だな!」



鷹のスピードが増して来た。俺の軍服の一部が嫌な音をたてて燃え始める。少し掠めてしまったようだ。

俺は水を出現させその火元を消す。

そして、それと同時に一頭の水の龍も作り出す。それは俺の周りでとぐろを巻き、尻尾で鷹を叩き潰した。

だが、鷹はまだ残っている。


俺はそいつらに目を光らせながら質問を始める。



「ここは、どこだ?」

「……ここは封印場所の一歩手前の空間だ。ここは混沌とした場所。つまり、現(うつつ)とは正反対の空間だ」

「では、幻ってことなのか?」

「確かに幻ではある。が、おまえのその身体は実体であり、幻ではない。傷を負えば痛み、死ねば、死ぬ。
だが、生憎俺は実体がないんでな。触れることはできるが、本物ではない」

「本物ではない?だからおまえは幼いケヴィの姿なのか?本物はもうすでに大人になっている」

「そうだ。つまり俺は偽物さ。精巧な偽物だ。本人の記憶やおまえの記憶を媒体として作られたコピーだ」

「だが、なぜそんなおまえが俺の目の前にいるんだ?」




俺の問いかけにケヴィはニヤリと笑った。いや、ニタリ、と言った方が的確かもしれない。




「それはおまえが俺を恐れていたからさ」

「恐れていた、だと?」

「そうだ。俺に勝てない日々を送り、おまえは何を思っていた?ずっとこのまま勝てないのかもしれない、と自暴自棄になりそうになってはいなかったか?」

「……」

「おまえは気づいていなかったのかもしれないが、おまえは俺を恐れていた。それがなぜだかわかるか?」

「……いや」

「王になる者よりも強いやつが身近にいたということが、おまえを苦しめていたからだ」

「くっ……」

「何か思い出したか?」




……確かに、それを思った節がある。

王は強くなければならない。人間性でも、戦闘力でも……俺の父親は婿入りをしたが、力は尋常ではないほど強かったと聞く。

今となっては歳をとって衰えてはいるかもしれないが、俺が一度だけ勝負を挑んだときは、こてんぱんにやられてしまった。

それはどちらも若いときの話だが、今も変わらないだろう。息子に敗れた王など聞いたことがない。

もうひとり勝てなかった相手がいる。それはアルバートの父親だ。

しかし、近衛騎士が弱ければ頼りないというもの。そこは仕方ないと思っている。


……しかし、同い年でしかも幼馴染みとなると話は別だ。

当時の俺は、まだケヴィが王族に関係があることを知らなかったが、それでも、ライバルだと思っていた。

どこの馬の骨ともわからない生意気なやつだったが、いつの間にか共に笑い合う仲になっていた。

アルバートとは元々いつも行動を共にしていたが、その他のやつとは交友を深めたことはなかった俺。だが、こんな生意気なやつと意気投合していて自分自身が一番驚いていたことだろう。


こんなにも、自分と近いと思ったやつはいなかった。似ている、と言われても仕方ないとさえ思った。

しかし、近い関係が故にライバル心は燃え盛っていた。近ければ、近いほどに……



「思い出したか?おまえは王子という肩書きにコンプレックスを抱き過ぎていたんだ。現に、相談といった類いのものとは縁がなかっただろう」

「……まあ、な」

「全部自分でなんとかする……それを俺はバカらしいと思っていた。人はなんのために大勢いると思っている?助け合うためだろう。時には家来を頼ることができなければ、偉大なる王の姿は描けない」

「……おまえに説教をされる覚えはない」

「はっ!これでも俺はおまえに一度負けたんだ。覚えているか?訓練生を続けるか否かのあの戦いを」

「忘れるわけがないだろう……」




そう、忘れるわけがないんだ。俺が一番最初に勝てたケヴィとの勝負。それは、あの忌々しい勝負だった。

勝ったのに、初めて勝ったはずなのに、歯切れの悪い想いをした、あの勝負を───