「あ、ケヴィさん!無事だったんですね!」

「……ああ、なんとかな」

「じゃあ、残るは……」

「カイル殿、だな」



ここは試練突破後の扉の先。

ちょっとしたスペースができていて、ここで皆さんを待っていた。

わたし、ラセスさん、アルさん、ケヴィさんの順でここに来たことになる。



最初ここに来たとき、赤いドア2つと、緑のドア、青いドアが林立していた。

けれど、今は青いドアしか残っていない。

他のドアは開いて閉まると、ふっと消えていった。お役ごめん、ということらしい。



「しかし、たいへんな目にあったよ」

「ああ、親父に殺されるところだった」

「僕は母親だよ?!こんなこと本人に言えないよね。実の親がトラウマです、なんて」

「俺の親父はすでに他界しているがな」

「俺も実の母親に会った」

「ケヴィさんのお母さんですか?!じゃあ、自分の出生を……」

「……すべて知った」



ケヴィさんは母親がトラウマというか、因縁の相手だったんだ……たぶん顔も声も覚えていないんだろうけど、憎んだことがあったのだろうか。


ラセスさんはお父さん、アルさんはナリアさん。

やっぱり身内が多いんだな、近い人ほど知り過ぎて、知られ過ぎて逆に怖いっていうし。


わたしは思いっきりトラウマなことだったけど……



「やはり、血液目当てか?」

「うん。左腕に無数の傷をつけられた」

「俺は脇腹。思い出すだけで貧血になりそうだ」

「……確かにな。俺は身体中。特に後頭部の流血が酷かった」

「……わたしは聞いてるだけで貧血になりそうです。だってわたしは首の血液をちょろっとだけでしたから」

「……それだけで十分だ」

「……うう」




皆さんは激しい戦闘になったみたいだけど、わたしは自害しそうになっただけ。

痛みはあまりなかったけれど、流血するほどの乱闘になっていたとは……鳥肌が立ちそうだ。


というか、すでに立っている。



「……遅いな、カイルは」

「だな。手こずっているのか?或いは、どうしようもできない相手だったりしてな」

「どうしようもない相手?そんなのカイルにいるのかな?誰も憎んでいなさそうだけど」

「……憎しみだけがトラウマとは限りませんしね。待つしかないと思います。何度か試したんですが、ドアはこちら側からは開けられませんでした」




そう、びくともしなかったのだ。押しても引いてもスライドさせても。

鍵穴がないのに不思議だ。迷宮のドアそのものなら、開いてもおかしくないのに。迷宮ではすべて開けることができたのにな。



「……カイルさんに限って、死んでませんよね?」

「ちょっと!冗談止めてよカノン!カイルが死ぬわけないじゃん」

「……わたしはいたって真面目ですが」

「もし死んだ場合、この扉は消えるのではないか?そんな気がするが」

「ラセスの言う通りだと俺も思う。生死のわからないままでは、ずっとここに止まらなければならない。そうなると、あの扉は一生開ける機会がなくなるだろう」



ケヴィさんの言うあの扉とは、わたしたちの後ろにある大きな金色のドアのこと。門と言っても間違えではないだろう。


見上げるほどの大きさと、押し潰されそうなほどの重量感。

表面には何やら文字が彫られているけれど、全く読めない。



「あの文字、気になりますね」

「文字?あ、ホントだ。気づかなかったよ」

「大方、この先に封印があるとかなんとか書かれているのではないのか?」

「うーんと……僕にも読めないな。これ多分古代文字だよ。見たことあるもん」

「古代文字?それなら少しかじったことがあるな」

「本当ですかラセスさん!」

「ああ……ちょっと待ってろ」



ラセスさんは立ち上がって、門に近づいて行った。

指でなぞったり、しげしげと眺めたりしている。



「僕も本当は読めなくちゃいけないんだけど、サボっててさ……めんどくさくて」

「それ、側近としてどうなんだ?」

「面目ない……」

「ま、まあまあ。古代文字なんて滅多に読みませんし。それにもう大体は解読されているんじゃないですか?」

「さすがカノン!よくわかってるね!」



アルさんは目を輝かせてわたしの手を握ってブンブンと振った。

それをケヴィさんに冷めた目で見られて、居たたまれなくなる。



「……アルさん、痛いです」

「あ、ごめんごめん。つい……」

「……なるほどな」



そんな呟きが聞こえてきて振り返ると、ラセスさんがこっちを見ていた。



「内容がわかったんですか?」

「いや、おまえはやはり大物らしいな」

「……は?」



……嫌な予感しかしない。その予感が当たってないといいんだけど。



「おまえの周りにはいつも男が寄せ付けられているな、と思ってな。三角どころか、四角関係だったとは……」

「だ、か、らぁぁぁぁ!!!」




わたしは頭に血が昇って叫んでしまった。



「アルさんは既に婚約していますし、そんなんじゃありませんからあぁぁぁぁ!!」




わたしは叫んだおかけでぜえぜえと息を吐く。

……迷惑にも程がある。デリカシーがない!デリカシーが無さすぎる!


わたしがラセスさんを睨み付けて胡座をかいて貧乏揺すりをしていると、ケヴィさんがその小刻みに揺れている膝に手を置いた。



「……うるさい」

「ふんっ!」

「僕?僕にはシルヴィがいるよ?シヴィックのクロン殿の娘だよ」

「ああ、あのご令嬢か。おまえは指輪をしていないからてっきり……」

「……ごめんよ指輪をしていなくて。前はしていたんだけど、ある日風を操ったときにすっぽりと抜けちゃってさ。またそうなるといけないから外してるんだ」

「……というわけです!勘違いしないでください!迷惑です!」

「だからうるさい」

「もう!なんなんですか!」

「……俺はまだ貧血気味なんだ」

「……す、すみません。気づきませんでした」



そうだった、ケヴィさんはまだ帰って来たばかりだった。まだ体調が回復しきれていないに違いない。もっと配慮するべきだった。


わたしがショボーンと項垂れていると、頭上からクスッと笑いが聞こえた。



「まあ、騒ぎたくなる気持ちもわからなくはない。何かしていないと気がすまないんだろ?」

「うう……」



膝に置いていた手を今度はわたしの頭に乗せて、くしゃくしゃと撫でた。

そして、その手は徐々に降りて行き……

おでこにでこぴんを食らわせた。



「痛いです……」

「その痛さで泣いておけ」

「うううう……」



やっぱりケヴィさんはズルい。泣いていることに気づいていたなんて……

不安はわたしの中で暴れ回って、ついに目から溢れてきてしまったのだ。

カイルさんのバカぁ……早く出て来てくださいよぉ……



わたしは撫でられながら、ラセスさんのため息が聞こえてくるまで静かに泣いていた。