……キス、してしまった……


今さらながらに思い出してしまって、また沈黙が続く地下通路。


カイルさんは何を思ってしたんだろう。

彼の気持ちが知りたい……けれど、知ってしまったらきっと後悔する……だって……


ずっと一緒にいられないかもしれないから……




「おい、着いたぞ」

「……え?あ、ここですか」




いつの間にか目の前にはドアがあった。

くねくねとカイルさんの後について歩いてやっとたどり着いた。

いやー、遠かった。地下に降りてからが長かった。


カイルさんはドアを開ける。



「あ、おかえりーカイル。憂さ晴らしはできたかな……えっ!カノン!どうして君までいるんだい?」

「その、憂さ晴らしが終わった後にちょうど会って……」

「君、ひとりだったの?」

「いいえ、リリーちゃんやニックさんと一緒に地下から出て来たんですけど、二人はそれぞれ護りたい人のところに行きました」

「そう……でも無事でよかった。ずっと起きなかったから……」

「ご心配をおかけして申し訳ありません」




ドアを開けた先には、なにやら机の上にある紙とにらめっこをしているアルさんがいた。

そして、ちらっと顔を上げた途端わたしに気付き目を丸くした。




ここは石造りの小さな部屋らしい。

必要最低限の物はない。机、椅子、毛布、水道などなど……

木箱がたくさんあることから、食糧がそこに入っているのだろう。




「あの、他のみなさんは……?」

「隣の部屋で仮眠中。寝られるときに寝ておかないと耐えられないからね」

「俺も寝る」

「おやすみー。はい、毛布」

「1時間後に起こせ」

「はいはい」




カイルさんはアルさんから毛布を受けとると、隣の部屋へと続くドアを開けてさっさと行ってしまった。




「アルさんは寝ないんですか?」

「僕は今、被害の把握と作戦の練り直しをしているところだから、アイディアが消えないうちに考えておきたいんだ。カノンは……起きたばかりだから平気か」

「そうですね。ということは……軍師ってアルさんのことですか?」



残っている人の中に、軍師という言葉が出てきたからふとそう思った。



「ご名答。僕は策略家であり側近であり軍師であり幼馴染み……いろいろな肩書きがあるけど、今は軍師だよ。君も手伝う?」

「……見るだけにします」

「だよね。まあ、僕もあまり口出しされるのは好きじゃないんだ」



わたしはアルさんが座ってにらめっこしている紙を横から覗いた。



「カノンも座れば?疲れるよ?」

「そうですね」



アルさんの隣に椅子を移動させて座る。



「これって……地図ですか?」

「そう。センタルを上から見た地図」

「この赤でバツ印をされているところは……」

「被害があったところ。燃えすぎて跡形もなくなっていたり、占拠されちゃってたり」

「じゃあ、この青いマル印は……?」

「消火したところだよ。でも多分明日も消さないといけないかもね」

「また、燃やされるってことですか……」

「人手も少ないからさ……こっちは戦力も土地も護らないといけないのに、手が回らない……まさに猫の手も借りたいぐらいなんだ」

「……」




そうか、リチリアは攻めるだけだけれど、ケルビンは護らないといけないのか。

リチリアは失うものがないのだ。

そもそもなんでこのセンタルが戦場になっているんだろう……不公平だ。



「……君の考えていることはだいたいわかるよ。なぜここが戦場になっているかって思ってるでしょ?
答えは簡単。リチリアが僕たちが考えていたよりも早くに攻撃してきたからだよ」

「でも、宣戦布告しましたよね?その日に攻められたんじゃないんですか?」

「その日はその日なんだけど……前日に国民に勧告を出して、避難とか注意を済ませたのは幸いだったよ。
……僕たちは来るのが夕方ぐらいかなって思ってたんだよ。でも昼前に攻めて来た。昼だよ昼。一番人間の知性が働くときに、ね。不意討ちだったよ……」

「一番人間の知性が働くとき……」

「つまり、テンションは平常のまま人を殺さないといけなくなったんだ。しかも明るいから鮮明にことを見てしまう。これ以上の苦痛はないね……」




きっと、アルさんもカイルさんと同様、自分の手で人を殺(あや)めたんだ。

話していくうちに、だんだん顔から覇気が抜けていく。


朝方や夜なら、平常心を保てずに混乱したまま乱戦ができるだろう。

でも、昼からそんなことをしたいとは思わない。

おかしい。明らかにおかしい。


向こうだって人間だ。わたしたちと同じ考えを持っているはず。なのに、なんで昼前から殺し合いをしなければならないのだろう……

まさか……


またあのクソババアが何か吹き込んだのか?




「僕たちはただの人間なんだ。住んでいる国、かつて体験した歴史は違うけど、人間なんだ。なんでこんなことをしているんだろう……
この戦争に意味はあるのかな……負けるわけにはいかないけど、勝って意味はあるんだろうか……いや、意味はあるはずなんだ。でも……」




アルさんは自分の世界に閉じ籠って自問自答をし始めたので、そっとしておくことにした。


カイルさんもアルさんもまだ22歳だ。戦争の指揮をとるにはまだ若すぎる。





わたしはカイルさんが消えて行った部屋に入った。


……まさに雑魚寝状態だった。



自分の身体と毛布を抱き寄せて背中を丸くして眠る者。

壁に寄っ掛かって眠る者。

何かに魘(うな)されながら眠る者。

焦点の定まっていない顔で放心状態に陥っている者。



……まるで、半分は地獄絵図のようだ。




わたしは身体を避けたり跨いだりしながら、ある人を探していた。



今一番会いたい人。会って話をしたい人。でも、一番話したいことを話せない人。




「ケ……ヴィさん……?」




見つけた。見つけたけれど……



その身体の半分は、深紅の血で染まっていた。