「夫の心はついに壊れた。常軌を逸したように暴れ回った。その場で捕らえられて・・・」


「まさか、門川に処刑された・・・の?」


「まだ悪い。捕らえられ、端境一族に引き渡された」


・・・引き渡された!?


そんな! 猛獣の前にケガをした草食動物を差し出すようなもんじゃないの!


そんな事したら・・・!


「その日より、夫の姿を見た者は誰もおらぬ」


「そ、んな・・・」


「夫の血縁筋も大勢が大変な目に遭うたらしい」


「・・・」


「そしてこの話の最後の顛末は・・・」


絹糸が、ぽつりと言った。


「皆が・・・忘れたのじゃ」


門川は雛型を騙して利用し、端境一族を追い落とし、満足した。


満足して・・・もう、用は無いとばかりに忘れ去った。


様々な一族の者達にとっても、この惨劇は暗い歴史じゃ。


無意識に心から締め出し、やがて代が移るにつれて記憶は薄れた。


我は当時、この世界の者達を憎んでおった。


誰がどうなろうと、どんな非業な事が起ころうと、我関せずで高みの見物じゃった。


勝手に殺しあうがよい、と・・・。


当然、すぐに記憶から消え去った。


皆が忘れた。忘却した。


ただの昔話。いや、昔話にもならなかった。


膨大な、遥かな時間の流れの中で、完全に風化してしまった。


そして千年もの長き時間の中で、雛型は・・・


償い続けていた。


誰からも忘れ去られ、見知った者も誰ひとりいない世界で。


罪を償えと責める者も、ひとりもいなくなってしまったこの世界で。


ただ延々と罪を償い続けていた。


いつか赦される日が来ると信じ


いつか夫と会えると信じ


いつか家族と再び暮らせる日を信じ


そして・・・・・千年。


「目覚めた雛型は、今日、事実を知ったのじゃ」