「背中に塗らないの?塗って上げようと思ったのに?」

「それは…子供の頃の話だろ?塗るにしても自分で出来る!」
呆れた様子の仁龔が言う。

「だって…背中…龍が…」

「大丈夫。居るよ…龍も力を使い過ぎるから俺も弱るのかな?」
軽く伸びをした後、そのままの手で砦の頭を撫でる。

「じゃあ、ちゃんと寝ててね」
念を押す様に砦が言い、部屋を出る。
相変わらず仁龔の部屋は無駄な物が無い。
無造作にスーツが掛けられている、シンプルな部屋だ。

「様子は?」
砦が戻ったので、充は書物を閉じる。

「香油は胸と喉に使ってたよ…いつもな
の?」
心配そうに充の隣に座る。

「ああ…飛び出した龍が背中に戻って来ると暫くは。済まないが…頼まれてくれないか?」

「いいけど…」

読んでいた書物と数冊を絹に包む。
「九尾神社まで行けるかい?」

「九尾神社なら大丈夫かな…」

この街は、沢山の国から来た民族を抱えている。
故に色々な宗派の建物が並んでいて、寺院の裏に天主堂があったりする特殊な場
所である。

「この書物を返却して来ておくれ…多分、周(あまね)が居ると思うんだが…」

「周ちゃん?」
聞き覚えのある名前を砦は聞き逃さない


「ああ…巫女をしてるよ」
まだ、砦が街に居た頃、良く遊んでくれた九尾神社の一人娘である。

仁龔の通っていたインターナショナルスクールの同級生なのだが、二人は良く喧
嘩をしていた。

「行って来る」

「そうかい?続きの書物も借りて来て
くれ」


砦は書物を抱え家を出た。
この数日で、幾分か街にも慣れた様子で九尾神社に辿り着く。
鳥居に触れ、本殿周囲にが風に流れる音を聞く。

砦が一歩を踏み出す前に、蜻蛉が先を越
す。
その蜻蛉は、すぐに一羽の燕に捕食された。

羽音に気付き、空を仰ぐ。
(今の…アタシの蜻蛉?捕まったよね?違うよね?)


本殿の裏に位置する建物の入口に、鼻緒の紅い草履を見つけた。
中に人が居る事は歴然であり迷わず近寄る。
(ピーピー)と可愛らしい声がするので、見上げるとツバメの巣の中に四羽の雛が並ぶ。

「すみません…あの…」

「はーい…何?」

出て来たのは、巫女装束にメガネ、マスクをした髪の長い女性だった。