「もえ」

貴広があたしに気付いて片手を挙げた。

「貴広どうしたの? 会社まで来ていいの?」

「病院から外出許可が出たんだよ。インフルエンザの菌は全部いなくなったらしい」

「でも、どうしてここに?」

「あぁ。それは──」

貴広はチラッとかおりちゃんを見て、あたしの肩を抱き寄せた。

今は帰宅時間帯。皆が注目していく。

でも貴広はお構いなしに口を開いた。

「──神戸、紹介するよ。オレの彼女の水谷もえ。分かったか? オレが好きなのはもえだけだよ。神戸の気持ちには応えられないから」

「……っ」

かおりちゃんは悔しそうに下唇を噛み締めている。

だけど涙をこらえているようにも見えた。

「昨日は、オレともえの関係を壊そうとして、部屋に上がったことを言いに来たんだよな? 案の定、もえは怒ってたよ。でもオレ達はこれぐらいのことで壊れたりするような関係じゃないんだよ」

「……」

「次、こんな事したら、くそ忙しい他のラインに飛ばすから。オレはそれぐらいの権限持ってるんだからな」