「託実さまー、頑張ってー」

「託実君、ファイトですわ」





放課後のグラウンド。



男子校舎と女子校舎を繋ぐ、
別名、天の川を越えてグラウンドを囲むフェンス周辺に現れた
女子生徒たち。




次々と上がる、黄色い声に部員仲間の東堂稔【とうどう みのる】が
『いいよなぁー、託実は』っとしみじみと声を出してぼやいた。



俺、亀城託実【きじょう たくみ】は、
神前悧羅悧羅学院 悧羅校中等部三学年に通っている。


もうすぐ夏休みが始まる今は七月。


一学期末テストと、実力テストも終わって
ようやく、勉強漬けの日々から解放されたばかり。



テスト期間中の試験休みを終えて、久しぶりに放課後のグラウンドに
陸上部員たちが集結した。



途端に、久しぶりの俺たちの練習を見ようと
隣の校舎から、天の川を渡って女の子たちが駆けつけてくれた。




「託実、稔。
 遅いぞ、早く練習準備に入れ」




中等部・高等部の合同練習もある学院特有の放課後風景。

高等部の主将である、立花久信【たちばな ひさのぶ】先輩が
グラウンドに現れた途端に、周囲の空気がピーンと張りつめた。



「久信、オレのジュニアが面倒をかけた」



そう言って俺の前に姿を見せたのは、
この学院独特のシステム。


HBW【ハウス ブレイン ワーク】制度に基づいて、
俺の生活指導者として、デューティーを任された、久禮智樹【くれ ともき】さんが姿を見せた。


智樹さんの隣には、智樹さんの親友であり、稔のデューティーを務める
鷹岡大樹【たかおか だいき】さんが姿を見せた。




「デューティー智樹、すいませんでした。
 練習に入ります」

「デューティー大樹、すいませんでしたー」



一斉に自分のデューティーに謝罪すると、
俺たちはデューティーを同伴して、陸上部の主将である久信先輩に頭を下げた。




「智樹、大樹。
 ジュニアの始末はつけないとね。

 グラウンド1000M。
 その後は、今日の練習メニューを渡すから、もう一度取りに来てよ」



久信先輩の容赦ない言葉に、俺も稔も両手をあわせて、
デューティーに謝罪するように拝む。


ジュニアである俺たちが何かをしでかしたとき、
それらの責任を取るのは、デューティーであるすぐ上の指導者と、指導者のデューティーである
グランデューティと呼ばれる存在。



ちなみに俺にとっての、現状のグランデューティは、恐ろしいことに身内。


綾音一綺【あやね かずき】。
俺の母の姉の子供であり、この学院の理事長の一族。


そして俺にとっての幼馴染。


宮向井隆雪【みやむかい たかゆき】にとっての、
グランデューティは、伊舎堂裕真【いさどう ゆうま】。


こっちもまた、俺の父の兄の子供。


どっちに転んだとしても、この学院の中では
異様に目立つ存在のジュニア。




だからフェンス越しに集まる女生徒たちも、
多分、グランデューティーの兄貴たちの庇護にある俺たちに
関わることで、少しでも交わりたいって言う野心もあるんじゃないかなっとか勘ぐってしまって
どれだけ騒がれても、手放しでは喜べない。


それが俺サイドの本音。





とりあえず、大樹先輩と智樹先輩と稔と一緒に、グラウンドを軽く1000M流す。




その後は、久信先輩から今日の練習メニューを手にする。


夏休み、全国大会に出場する俺には
今は自分のコンディションと向き合って、徹底的に集中していく時期。