梨乃の涙を照らす月は、折れそうに細い猫の爪のような三日月で、子供の頃、内緒で飼っていた三毛猫と唯一の味方でいてくれた父を思い出した。


『梨乃、猫の爪はね、普段は隠れているんだよ。優しい生き物だと思わないかい?』

『どうして?お父様』

『だって、普段はボク達と仲良くしてくれる為に、爪をしまっておいてくれるんだよ?』

『しまっておくの?』

『ああ、梨乃が抱いた時に、痛くないようにね。晶子が爪を出さないのは、梨乃の事が好きだからだよ?』

『梨乃がキライだったら?』

『シャキーン…じゃないかな』

『まあ晶子!仲良くいたしましょう!』


そんなふうに笑った、父も晶子も、梨乃をおいて逝ってしまった。


どうして自分は、あの時に逝ってしまわなかったのか。

こんな生き恥を、晒す前に…


そんな事を思いつつ、裏門に手をかけた瞬間……


「…!邪魔だっ!どけっ!」

と、言う、低い声。

「え?イヤ…!きゃあぁぁ!」


どけ、と、言われても。梨乃は生まれつき右足に障害があり、すぐに動ける機敏さなど持ってはいない。

制止の声も虚しく、門に手をかけ飛び越えて来た男と、まともにぶつかってしまう。