広い廊下を西に進んで行くと、壁にもたれるように座り込んでいる少年の姿があった。
「武生!何をしている。具合でも悪いのか?」
少年は弟の武生だった。園生は武生の脇で膝をつく。
武生は赤くなって、唇を噛んでいた。
「…また、あの女か」
園生は、そう言うと華奢な体躯の弟の肩を抱いてやった。
「僕…洋琴(ピアノ)が弾きたくて…」
武生は園生に訴えかける。五つ年の違う園生の事を、武生は兄と言うより父として慕っていた。
園生と武生は腹違いの兄弟だったが、父親の狼藉ぶりを見て育って来た為か、二人の仲は良好だった。
だが…大人の理屈は違う。
産まれたばかりのヌルリとした武生の首を、母は園生の目の前で絞めようとした。
千代に止められる母の姿を、今でも園生は鮮明に覚えている。
その日…
お産の場には入るなと、きつく言いつけられた五歳の園生は、朝から森で遊んでいた。
季節は長雨が続く梅雨の終わりで、多少曇ってはいるものの、太陽が雲の隙間から、柔らかく降りてきているようだった。
父、凉が家を空ける事が多かったせいなのか、当時から園生の母親の精神状態は良しとは言えず、園生は母親に頭を撫でられた記憶がない。
「武生!何をしている。具合でも悪いのか?」
少年は弟の武生だった。園生は武生の脇で膝をつく。
武生は赤くなって、唇を噛んでいた。
「…また、あの女か」
園生は、そう言うと華奢な体躯の弟の肩を抱いてやった。
「僕…洋琴(ピアノ)が弾きたくて…」
武生は園生に訴えかける。五つ年の違う園生の事を、武生は兄と言うより父として慕っていた。
園生と武生は腹違いの兄弟だったが、父親の狼藉ぶりを見て育って来た為か、二人の仲は良好だった。
だが…大人の理屈は違う。
産まれたばかりのヌルリとした武生の首を、母は園生の目の前で絞めようとした。
千代に止められる母の姿を、今でも園生は鮮明に覚えている。
その日…
お産の場には入るなと、きつく言いつけられた五歳の園生は、朝から森で遊んでいた。
季節は長雨が続く梅雨の終わりで、多少曇ってはいるものの、太陽が雲の隙間から、柔らかく降りてきているようだった。
父、凉が家を空ける事が多かったせいなのか、当時から園生の母親の精神状態は良しとは言えず、園生は母親に頭を撫でられた記憶がない。


