あの2人の顔を見たら、途端に葉巻が不味くなった。

蓮實は目を閉じて、遠い日の記憶を呼び戻す。




『お兄さま、どうしても行ってしまうのですか?』

その日、朝から梨乃は泣いていた。

『梨乃、蓮實は私大を終えてね、政治家の先生の秘書になるんだよ?立派なお仕事につく事が出来たんだ。笑って、見送ってあげようね』

深山咲公爵は、気取りのない柔和な男だった。

髭をはやすのは、童顔を隠す為だと言っていた。
顔にも、その人の良さが現れていた。


『深山咲のお仕事は、大事ではないのですか?イヤよ、お兄さま、梨乃をおいていかないで…』



そう言って私の胸に甘えてきたのは、もう5年も前のこと。


あの頃肩までしかなかった髪は腰に届き、薄かった胸には、まろやかな甘さがある。


私にすがった瞳で今は私を憎み、もうイヤだと絶望の涙を流す。


愛情がただ慈しむだけのモノだと、誰が決めた?

私は梨乃を、誰よりも愛している。


誰よりも。
誰よりも。