日も傾き日没近くになったころ、庭から紫子を呼ぶ声がした。

居間から外に出て、声に導かれて茶室につづく脇の小道を抜け、家の奥へ進む。

潤一郎は夫婦の寝室の前庭にいた。

こんなことなら庭に出ず、居間から寝室へ行って、そこから顔を出せばよかったと思っていた紫子の目の前に、小石に囲まれた木々があらわれた。

どの木も赤い実をつけており、枝には金銀のリボンが結ばれ、よく見ると小さなライトが備わっている。

紫子の願いが形になっていた。

ありがとうと伝えたいのに、胸がいっぱいで思うように声が出ない。



「点灯式だ。ここを押して」



潤一郎に渡されたスイッチを、紫子は震える指で押した。

ふんわりと灯る明かりが、赤い実の木々を優しく彩っている。

そこだけ洋風の風情なのに、ちゃんと和の庭にとけこんでいた。



「モミの木を植えようと思ったけれど、この庭には不似合いな気がしてね。

北園親方に相談したら、こうなった。すごいだろう」


「ステキ……ありがとう」



木々の植え込みを自分の手柄のように自慢する潤一郎へ、やっと礼を伝えた。

洋風の庭造りを得意とする北園は、昨夜の夜会に飾られたモミの木のツリーや客を迎えるホール入り口を飾る大きな寄せ植えも手掛けており、その腕前は紫子も良く知っている。



「北園さん、こんなに素敵にしてくださって、ありがとうございます」



日に焼けて顔に深いしわを刻む造園家は、照れた顔でお辞儀をした。



「玄関の寄せ植えも作りましたんで、あとでごらんください。気に入っていただけるとよろしいのですが」



すぐに見てまいりますと、言うが早いか、紫子は小走りで玄関へ向かった。

薔薇と松を植えこんだ一鉢は、無駄のない日本家屋の玄関の差し色になっている。

リースもリボンもないのに、どこかクリスマスを思わせる技は見事だった。



「親方は、あんな顔で、こんな可愛い寄せ植えを造るんだからね」


「あんな顔でって、失礼よ。北園さんは?」


「ゆかによろしくと言って、裏庭から帰ったよ」


「まぁ、お茶も差し上げずに」


「また明後日来るそうだ。この寄せ植えを、今度は正月風に変えるらしい」


「門松みたいな?」


「どんなふうになるのか楽しみだね」



玄関の飾りを北園に依頼したのは潤一郎だろうが、知らぬふりの顔である。

足元でじゃれる子猫たちを抱き上げて、頬ずりをする仕草がわざとらしい。

紫子のための手配なのに、潤一郎はそうとは言わない。

そんなところが愛おしいと紫子は思うのだった。


いつもは早々に閉める寝室の障子を、その夜は明かりを落とすまで開けたままにして庭を眺めた。



「ありがとう。いままでで、一番嬉しいクリスマスプレゼントよ」


「それはよかった。ツリーの方がいいと言われたらどうしようかと思った」



本当か冗談かわからない顔で、潤一郎はそんなことを言う。



「私だけのお庭をいただいたみたい」


「そうだよ。これはゆかの庭だ」



ありがとう、とまた口にした紫子は、潤一郎の頬へ唇を寄せた。

そのキスがふたりだけの時間のはじまりだった。

紫子の腰を抱いた潤一郎の手に力が入る。



「このまま開けておく? ベッドの中からも庭が見えるよ」


「赤い実に見られるのは恥ずかしいから、閉めて……」



紫子を抱きながら、潤一郎は後ろ手で障子を閉めた。

明かりが消えた部屋にひそやかな吐息がただよう。

障子に庭の灯りがほのかに映っていた。