船上のパーティーでも同じようなことが考えられる、そのため、できるだけ二人のそばにいてもらえないだろうかと、いかにも申し訳なさそうな顔が平岡と蒔絵さんに向けられた。



「いまや、世界中どこにいても仕事ができる。 

そのために、平岡君と蒔絵さんには船旅に同行してもらうのだが、今回の旅では多くの出会いがあるだろう。 

出会いといえば言葉はいいが、これ幸いとビジネスチャンスを狙った接触もあるはずだ。

船の上では逃げようがない、宗一郎だけでは対処が難しいこともあるだろう。

こちらには、秘書が控えているのだと相手側に示すだけでも、突発的な接触や、強引な交渉が回避できるのではないかと、私は思うのだが……

平岡君、君の意見を聞かせてもらえないだろうか」


「社長のおっしゃるとおりです。私も同意見です」


「優秀な君に、執事のような役回りもさせてしまうのは、非常に申し訳ないが」


「いいえ、そのために同行させていただくのですから」


「平岡君、ありがとう。それでは、絵さんの仕度が必要になるね。

これからすぐに手配させよう。あぁ、経費に関しては心配ない。宗一郎いいな、頼んだぞ」


「わかりました」


「珠貴さん、彼女の助けになって欲しい。なにぶん時間がない、急ぎ頼むよ」 


「はい。では、このあとすぐにでも」


「そうだね」



私がなんと言おうとこちらの意見を聞き入れてはくれなかったのに、父の頼みを聞いたとたん、平岡の気持ちは容易に変わった。

寄港地の下船において私に同行することを承知し、船上パーティーへの参加にも同意した。 

父の言葉は柔らかいが、そこには否と言わせない強引さが潜んでいる。

父にかなわないと思うのはこういうときだ。

平岡と父のやり取りを見ていた久我の叔父が、私のそばにきて耳打ちした。



「あっという間に形勢逆転だな。義兄さんの手腕を思い知っただろう」


「えぇ、まぁ……」
 

「力任せの説得は逆効果だよ、上に立つ者が物事を頼む時は、とにかく低姿勢だ。

おまえが親父を超えるのは、まだまだ先だな」


「そうみたいですね」



私の返事に叔父がニヤリと笑った。

ここは義兄さんに花を持たせておくことだと、叔父が添えた言葉が聞こえたのだろうか、父の顔は上機嫌だ。



「宗一郎、あとは任せた。私はこれで失礼するよ、路信君、行こうか」


「はい。宗一郎、珠貴さん、またな。平岡君、書類がそろったら届けてくれないか」



これから面倒な会合だと言いながら、父と叔父は連れ立って部屋を出て行った。

感謝の目を向けながら二人の背中を見送る平岡に 「この書類にもサインを頼む」 と、私としては精一杯のさりげなさで声をかけた。

まだ書類があるんですかと、平岡はげんなりした顔をしたが、その顔は、次の瞬間驚きに変わった。



「先輩、これ……」


「見てわからないか」


「わかります。でも、どうして」


「わかるなら、さっさと書け」



私が渡した書類を手にしたまま、平岡は立ち尽くしている。

心配顔で近づいた蒔絵さんに目配せして手元を見せると、見詰め合って口元を手で覆った。