「だけど、どうしてその日なんです。一ヵ月後に披露宴とは急な話だ。招待客にも予定があるでしょう」


「お式をあまり先に延ばしたくないの。それに、こちらの都合がつくのはその日だけなの。 

まずは私たちが出席できなければ意味がないでしょう?

もしお客さまに先約があったとしても、こちらを優先してくださるかもしれないでしょう」



お義母さまの話を聞き、宗が私の耳にささやいた。 



「お袋の言ってることは確かだが、聞きようによってはすごい内容だね。 

近衛家・須藤家と自分の用事を天秤にかけさせるってことだ。招待状をもらった客の判断が問われるよ。 

強気だね」 



と……本当にその通りかもしれない

近衛のお義父さまも私の両親も、お義母さまの意見に異を唱えないのだから。内心同じ思いなのだろう。

両家のプライドの高さが見え隠れしている。



「珠貴さんも意見をおっしゃってね、あなた方の披露宴ですもの。宗さんも言っていいのよ」
     


「宗さんもって、俺はしょせん添えものだな」 とまた宗が耳元にささやいた。

思わず笑いそうになり、なんとか笑いを収め、頭に浮かんだことを発言した。



「客船でしたら宿泊もできますね。遠方からのお客さまもいらっしゃるのではないでしょうか。

もし、船で宿泊が可能なら、みなさんに喜んでいただけるのではないかと思いまして」


「それはいい。宿泊だけでなく控え室として使ってもらおう。せっかく大勢の方を招待するんだ。 

船の内部も見ていただきたいね。

客室も使ってもらって、みなさんに宣伝していただく。うん、これはいい!」



私の意見に賛成してくださったのは、久我のおじさまだった。

見た目を変えるのもいいが、サービスを充実させて客船のイメージをアップさせた方が効果的かもしれない。

噂の払拭にもなると乗り気のご様子だ。


そこへ 『クーガクルーズ』 の代表者が到着し、船内の詳しい説明が始まった。

新造船であるため、それこそ手を入れる必要はないが、日本人のための客船としては内装が少しばかり派手ではないか。

せめてカーテンと絨毯をなんとかしたい……と言うのがおじさまの意見で、



「私どもでカーテンと絨毯を手配いたしましょう。なに、一ヶ月もあればすべてそろいますよ」 


「それはありがたい。お願いできますか」



父の申し出を、久我のおじさまはたいそう喜んでくださった。

こうして客船の披露宴は本決まりとなった。 






シャンパングラスの泡がチリチリと音を立てる。

グラスを軽く合わせ口に運んだ。



「俺たち、呼ばれただけで出番はなかったな。オブザーバーだったのかな」


「そういえば、宗はひと言も話さなかったわね」


「最後だけ、宗一郎これでいいなと親父に聞かれて ”はい” と言っただけだ。

親の言うとおりに従うと決めてたから、文句はないが、お袋のパワーには恐れ入るよ」


「穏やかなお顔のまま、よろしいわねとおっしゃるんですもの。さきほどのおじさまのお顔、ふふっ……」


「小さい頃から、姉と弟の力関係は変わっていないそうだ。おじさんもお袋の前では形無しだ」



狩野さんのご好意で、今夜は私たちにもスイートルームが用意されていた。

「今日は断るなよと狩野に脅迫された」 と宗が笑っている。

お祝いだからと用意してくださったシャンパンは、アルコールが苦手な宗のために、口当たりの良いものが選ばれていた。



「客船で披露宴なんて、想像もつかないわ」


「クラブハウスでやるよりいいよ。中規模ホールで何回も披露宴なんて、考えただけでも憂鬱だった。

渡りに船ってのは、まさにこれだね」


「海からの景色も素晴らしいでしょうね」


「うん……」



一ヵ月後に決まった披露宴、準備のため、これまで以上の忙しさになるのだろう。


少し酔ったと言いながら、宗は私の膝に頭を預けてきた。

「珠貴のドレス、楽しみにしているよ」 とそれだけ言うと目を閉じた。

胸の奥で幸せの音が弾けた。