翌週、丸田氏から電話をもらった。



『親父に、そろそろ楽隠居してはどうかと話しました。

すべての役職から手を引くそうです。

知弘君にも会いましたよ。「ミマサカ」 の件は、近いうちに結論が出るでしょう』


『お力添え、ありがとうございました』


『これで、須藤の気持ちもほぐれると良いのですが……

珠貴ちゃんも頑固な父親を持つと苦労する』


『はっ?』


『珠貴ちゃんには小さい頃会ったきりだが、君のような男性と結婚を考える歳になったとは、
月日のたつのは早いものです』


『ご存知でしたか……』


『シャンタンにいたとき、家内が気がついたんです。 

珠貴ちゃんの交際相手だと、マスコミで話題になった方みたいだと言い出して、羽田さんに確かめたら君でした』


『そうでしたか。一時騒がれましたから』


『私に会っても、君は自分のことは言わずにいた。須藤もそうだった…… 

須藤と似たところのある君の力になりたいと思いました』



穏やかな語り口で事が告げられる。 

私の思いも汲み取ってくださったのだとわかり、胸にこみ上げるものがあり言葉につまった。

近いうちにまたお会いしましょうと言われ、はい、と答えるのが精一杯だった。







珠貴から 『イタリアンスイーツが食べたいわね』 と真夜中の電話で告げられた。 

いつなら行けるかと聞かれ、今夜これから、と即答した。

毎晩電話で声は聞いているが、二人で会ったのは紗妃ちゃんの誕生日ディナーの前日が最後だ。

これから? と苦笑した返事があったが、彼女は会うのを承知してくれた。

電話のあと、私たちは一時間もせずに 『夜のカフェ』 で向かい合っていた。



「宗、あの丸田会長を解任に追い込んだんですってね」


「俺じゃないよ」


「あら、真琴さんから全部聞いたわよ」


「まこ……浜尾君が言ったのか」


「えぇ、昨日、みなさんでお会いしたの」


「みなさんって、誰だよ」


「それはナイショ。昭和織機の新社長の会見があると知って、真琴さんは会見場に行かれたんですって。

それを櫻井さんにお知らせして、宗に伝えてもらったって」


「なに? 真琴は櫻井に先に言ったのか!」


「そうでしょう。櫻井さんは、ま・こ・と・さんのパートナーですもの」



珠貴の言葉の棘が私に向かって飛んできた。

また機嫌を損ねてはまずいと思い、そうだな……と同意する。

須藤社長の気持ちをほぐす前に、珠貴の機嫌をとる必要がありそうだ。



「遅咲きのしだれ桜を見に行かないか」


「どこまで行くの?」



特別隠す場所ではなかったが、彼女の興味を引くために 「ある場所」 とだけ言う。

「教えてよ」 「教えない」 と 他愛のないやり取りを続けながらイタリアンスイーツを堪能した。

口と胃が甘さで満たされた頃、気分も甘さに酔ってきた。

明け方送るよ……という言葉で、これから私のマンションに行こうと誘う。

絡めてきた指が彼女の返事だった。

店を出て急な螺旋階段を下り、踊り場で立ち止まる。

ステンドグラスを見上げる珠貴を、後ろからゆるやかに抱きしめた。



「誕生日のプレゼント、今年もオペラチケットをくださるんでしょう?」


「あぁ、それもあるが……もうひとつ用意しようと思ってる」


「まぁ嬉しい。楽しみに待ってるわね」



もう一つのプレゼントは何かと聞いてこないところが珠貴らしい。

誕生日まで残された時間はあとわずか。

指輪をはめた珠貴と並ぶために、計画を急がなければならない。

珠貴の左手の薬指をそっと撫でた。