この雨で花の盛りも終わりだろうか……

画像から視線をはずし、窓ガラスを伝う雫に目をやる。

朝方から降りだした雨は、昼を過ぎてもやむことはなく地面をぬらし続けていた。


『雨の桜って情緒がありますね。誕生日ディナー楽しみにしてます』


桜の前で、女の子のお決まりのポーズで写真に納まっているのは、珠貴の妹の紗妃ちゃんだ。

友達にでも写してもらっただろう一枚と、先の一行が送られてきた。

愛嬌のある顔でピースをした制服姿の彼女と、メールの 『情緒』 の文字がアンバランスだったが、『楽しみにしています』 の後ろにつけられたハートマークは年齢相応だ。


『この雨で散るだろう。桜も見納めだね。ディナー、こちらも楽しみにしています』


そう返信しメール画面を閉じた。 

早生まれの紗妃ちゃんは、先月末16歳になった。

誕生日プレゼントは何がいいかと聞いたところ、

 

「ディナーがいいです。ドレスコードのあるレストランが希望なんですけど……いいですか」 


元気で物怖じしない紗妃ちゃんらしからぬ……といってはなんだが、遠慮がちな申し出があった。

須藤家の家訓のひとつで、学校行事は別として、15歳まで夜の外出は禁止だそうだ。

家族で食事に出かけることもなかったのかと聞くと、「ありません。私はいっつも留守番でした」 と不満そうに頬をふくらませながら教えてくれた。



「須藤のおばあさまが決めたんですって。15歳までは大人の領域に入ってはいけない。 

特に女の子はきちんと躾をしなくては……なんて理由みたいだけど。 

でもね、この家訓、ちゃんと守ってるのはウチだけなの。 

いとこなんて、隠れて出かけて、見つかっても怒られないんですよ。不公平だわ」



その代わり、16歳の誕生日を迎えると夜の外出も解禁となり、本人の意思に任される。

当然、責任も伴い大人の扱いとなる。 

自由になる反面、自己管理も求められるのだから、今の16歳にとっては厳しい面もあるのではないか。

昔の16歳は、それほどしっかりしていたということでもある。
 

須藤のおばあさまというのは須藤会長の前夫人で、名家の出身だったと記憶している。

女子はこうであれ、といった躾がしっかり身についている最後の世代でもある。

姑の決め事を、彼女たちの母親である須藤夫人は律儀に守ってきたのだ。

時代の風潮にも流されず、古いやり方を守り通すことは容易ではない。

いまどきの高校生に見えながら、その内面にしっかりとしたものを持っている紗妃ちゃんは、こういうしつけられ方をしてきたのかと納得したものだ。

それは珠貴にも言える。 

どんな場面でも堂々と意見を述べ、異論があれば男にも対等に挑む彼女だが、時おり見せるたおやかさやゆかしさなど、古風な一面も持ち合わせている。



「珠貴ちゃんが16歳になったときは、知弘おじさまとお出かけしたんですって。 

わたしはまだ小さかったので覚えてないけど、写真を見せてもらったことがあります。

ふわっとしたワンピースを着て、お姫様みたいでした。 

だからわたしも……」



16歳になったら、大人の男性にエスコートしてもらってディナーに出かけるのが夢だった、小さい頃から憧れていたと言われ、その相手に指名されたことを光栄に思いながら、困ったことになったとも思った。 



「俺でいいのかな。ご両親に了解をもらわなくてはいけないからね。 

その、俺は、まだお姉さんのことで……」


「あっ、それなら大丈夫です。母にだけ話すので。

母は近衛さんのこと、信頼できる方だって、そう言ってました。 

だから、近衛さんなら絶対大丈夫です」


「本当に?」


「はい!」


「わかった。紗妃ちゃんの予定を教えて。それにあわせてディナーの予約をしておくよ」


「わーい、楽しみ!」



どんな服がいだろうか、靴にバッグも合わせなくちゃと、早くも当日の装いを思案し楽しげだった。