外の風を感じたくて車の窓を少しだけ開けると、秋の気配を含んだ爽やかな

風がすべるように流れ込んできた。



「申し訳ありません。お閉めいただけますか。

走行中の窓の開閉は、避けたほうが良いと指示がありましたので」


「あっ、ごめんなさい……そうですね。

どこから見られているか、わかりませんものね」



一昨日発売の週刊誌は、私の環境に大きな変化をもたらした。

単独行動はしばらく慎むようにとの父の指示から、重役でもない私に専属の

運転手がつくことになった。

朝は自宅の玄関前に迎えに来た車で出勤し、勤務終了後はデザイン室が

入っているビルの地下駐車場に待機した車で、自宅まで送り届けてもらう。

「移動はすべて社用車で行うこと」 と言われてしまっては、寄り道どころか

買い物さえもままならない。

もっとも年配の男性社員がそばにいては、買い物などできはしないけれど……


私の元に配属されたのは、古参の社員である前島さん。

前島さんは社長付きの運転手だったが、しばらく病気のため休職しており、

先ごろ職場復帰したばかり。

真面目を絵に描いたような、融通が利かない律儀な性格で、言われた事を忠実

に守る人だ。

スキャンダルに巻き込まれた私の近くに配属するには、これ以上の人選はない

のかもしれない。


合併吸収の記事に関しては誤報であると、近衛側から我が社へ内々に事情の

説明があった。

それを受けて、会社としての対応を検討中に、近衛宗一郎が 『SUDO』 を

取り込むために私に近づいた

との記事が世の中に流れたのだった。

前日発売の写真週刊誌のツーショットは、プライベートを暴露するだけの一枚

だったのに、翌日発売の週刊誌に ”二人の関係は単なる交際ではない。

実は……” と記事がでたことで、写真に深い意味が加わった。


会社としての対応は、無言を徹底するが、取材陣に過敏にならないように、と

いうのが社長の考えであり、私にも休むことなく出勤するようにと指示が

あった。

叔母たちの意見は、私をどこかへ避難させてマスコミの目から遠ざけようとい

うものだったが、隠れるのは自分にやましいところがある者がすることである、

身を隠す必要などないと言う父に、表立って異を唱えるものはいなかった。

そうはいっても、記者に囲まれる事態にならないとも言えない。

運転手の前島さんには私の警護の任務も任されているため、トラブルを回避す

るための努力も課せられることになるのだ、不自由な環境になったと嘆くわけ

にはいかなかった。


週刊誌の発売後初めて出社する今日は、まず本社へ顔を出すように言われて

いた。

今回の件は、専務である和弘さんが中心となって対外的な対応を進めることが

決まっている。

打ち合わせのため本社の専務室へ行くのだが、地下駐車場へ入るとばかり思っ

ていた車は本社玄関口へと向かった。



「地下駐車場にはすでに数人の記者がいるようです。 

表玄関へ向かうように、秘書の浅見さんから連絡をいただきましたので」



表玄関に寄せられた車から降りると、記者らしき人物は見当たらず、私は不自

由なく玄関ロビーへと入る事ができたのだった。