ベテランのドアマンは、私が 「彼女は」 と言っただけで、それは須藤珠貴であるとわかってくれる。

以前から私の元へやってくる珠貴の存在に気がついていただろうが、宮野さんが私たちの関係を特に問うことはなく、そうありながら、私の大事な人であると彼は認識してくれていた。

珠貴も宮野さんに会うのが楽しみで、車を降りホテルのドアをくぐるまでの短いあいだの会話に和むという。

彼が玄関にいない日は 「お会いできなかったわ」 とわざわざ私に報告するほどだ。



「さきほど、私にまでお気遣いいただきました。宮野が大変喜んでいたと、珠貴さまにお伝えください」


「そうでしたか。彼女が選ぶものは美味しいですよ」


「はい、いつも美味しく頂いております」



私と同じく酒をたしなまない宮野さんが甘いものを好むと知ると、珠貴はバレンタインデーにはチョコレートを、誕生日には菓子を贈るようになった。

一介のドアマンがお客さまから誕生日を覚えていただけるとは、こんなに嬉しいことはありません……と、宮野さんが珠貴からのプレゼントに、いたく感激していると狩野から聞いていた。

そんな彼女の心遣いが、宮野さんから次の言葉をひきだしたのかもしれない。

車からドアまでの短い会話のあとホテルに入る私の背中を見送ると、彼は次の客を迎える準備に入るのだが、今日はすっと一歩近づき、近衛さま……とためらいながら声をかけてきた。



「一昨日の夕方のことですが……昭和織機の会長の丸田さまがおみえになられました。 

それからしばらくののち、美作さま、源田さまがおみえになり、お帰りはお三方ご一緒でございました」


「丸田会長が? 美作さんと源田さんも一緒とは意外だな」


「今月に入り、頻繁にお会いになられていらっしゃいます」


「わかりました。宮野さん、ありがとうございます」



私にしか聞き取れないほどの小さな声で伝えられたのは、とてつもない情報だった。

ドアマンだけが知ることのできる内密の事柄は多々ある。

それを他聞してはいけないというのが彼らのルールであるはずだが、それを破り、あえて私に伝えてくれたのは、ひとえに珠貴の立場を心配してくれたからだろう。

義務感でドアの前に立ち、言われたままに車の手配をしていたのでは、こんなことはわからない。

いままでにない人の動きから異変を察知した宮野さんは、私と珠貴の間に障害をもたらす人物がいると教えてくれただけでなく、ライバル会社同士が接触しているらしい動きも伝えてくれた。 

この事実は 『SUDO』 にとって重大な事柄だった。



「……ということで、お願いします」


「承知いたしました」
 


さりげなく一歩退いた宮野さんにあえて大きな声をかけると、年季の入った丁寧な返事と礼が返ってきた。