いつもの時刻に目が覚めたが、すでに頭は冴え多少の疲労感が体に漂っていた。

疲労感は睡眠時間の短さによるものではなく、昨夜のキョウコ先生の言葉が、舞い散る葉のように頭の中でつむじ風となって回り、夢にまであらわれたからだ。

結歌にさして気にしていないようなことを言ったが 「朝の知らせ」 がいつもたらされるのか、かなり気になっていた。


『朝』 の定義は何時までだろう……などと真剣に考えながら朝食の席に着くと、珍しく新聞を手にしていない父から名前を呼ばれた。

「はい」 と反射的に返事をすると、 



「土曜日午前10時、近衛君が来る。珠貴も同席しなさい」 



業務連絡でも伝えるように言われた。

何のために彼がやってくるのか聞き返すまでもなかった。

「良い知らせ」 はこのように唐突にもたらされた。 



それから数日後、宗が我が家を訪れた。

ひとりで姿を見せた彼に父は驚き、よどみなく訪問の目的を述べる宗に押され気味だった。

その日の宗は非常に落ち着いており、堂々としていた。

父に言葉をはさむ余地もあたえず、熱心に私との結婚の意志を伝えていった。

宗の姿勢に押され気味ではあってもひるむ父ではなく、須藤珠貴の父親として譲れない事柄を並べてみせた。

二人のこの場における力関係はどちらも引けを取らず、五分と五分。

宗と父の対面が叶い、私たちは一歩前へ踏み出した。





 
リビングの大きな窓から暖かな日差しが差し込む日曜日の午後、スコーンを頬張り紅茶で一息つくと、宗は当たり前のように私の膝に頭を預け、ソファに足を投げ出した。

膝上の顔を眺め彼の髪を右の指で梳きながら、私がやってくる前からついたままのテレビを消そうとリモコンに手をのばしたが、消すつもりの画面に目を奪われた。



『……キョウコさんのお母さまも、言の葉を伝える方でいらっしゃいます』



画面には、先日お会いしたキョウコ先生と先生のお母さまが映っていた。

膝の上の頭が動き、テレビ画面を見ていた宗の口から 「あっ」 と小さな声がした。

「どうしたの?」 と聞いたが 「なんでもない」 と言う。

彼にキョウコ先生から伝えられた言葉を話して聞かせた。



「お話を聞いた時は信じてなかったのよ。

でもね、おっしゃったことがことごとく現実になったの。

世の中にはまだまだ不思議なことがあるのね」


「須藤社長から ”認めるわけにはいかない” といわれても、珠貴が落ち着いていたのはそのためか」


「えぇ、焦らずに待つことにしたの」


「そうだな」


「キョウコ先生、私のことを ”真珠を持つ方” なんておっしゃるのよ。

名前に一文字入っているだけなのに、おおげさね。 

でも、なんだか高貴な人になった気分。悪くないわね、ふふっ」  



このとき、宗の目が一瞬大きく見開かれたが、ほどなくゆったりとした笑みを浮かべたのち目を閉じた。

彼も、キョウコ先生のおおげさな表現がおかしかったのだろうか。

この先、どんな展開が待っているのか私にもわからない。

それでも、もういままでのような迷いはなく、気持ちが揺らぐことはない。

時がきたらこの手につかむだけ。

右手をながめ、見えない未来を握る仕草をした。

握った手を開き宗の髪に滑り込ませた。

柔らかな髪を梳いていると、まもなく安らいだ寝息が聞こえてきた。



「お疲れ様でした」



父との対面という大仕事を終えた寝顔に、そっと語りかけた。