絶滅危惧種『ヒト』

生きる気力を失くしたものの、じっとしてても腹はへるものである。


直樹はゆっくりと立ち上がると、一度留美の顔を見つめてから、部屋を出た。


重い足取りでエレベーターに向かい、そのまま食堂に向かう。


留美の家族には未だに連絡をしていなかった。


留美の家族だけでなく、警察に対しても死亡届を出さなくてはならないのだが、それもしていない。


どうせ今日には自分も発病して死んでしまうと思ったからだ。

最期の晩餐という言葉があるが、最期の晩餐が病院の食堂とは……

それもまた自分らしいと、直樹は苦笑した。


エレベーターに乗り込んだ直樹は、ふと父のことを思い出した。


ろくに研究資材もない場所で、自らも感染しながら、ワクチンを作って何人……いや、何万人もの命を救った父。


あの時の父がここにいたならば、この局面でどういった見解をしめすのだろう。


いくら父でも、死なない細菌が相手では、苦戦するのは必至だ。


エレベータが目的の階に着いて、直樹は降りた瞬間に立ち尽くした。


そこには床に倒れた多くの人たちが……。


「嘘だろ……」


あの日から四日。それなりに覚悟はしていたはずなのに、いざ目の当たりにすると我が目を疑ってしまう。


直樹は倒れている人たちを横目に見ながら、まずは食堂に入った。


やはり食堂の中でも十数人が倒れている。


さらに厨房の中を覗いたけれど、スタッフ全員が倒れていた。


あの日この場所で看護師が吐しゃ物を吐き出した。


その際、ここにいたスタッフは全員感染したのだろう。

もちろん厨房のスタッフだけではなく、病院のスタッフもである。


始まったのだ。悪魔のパンデミックが……。

おそらくそれは、ここだけではあるまい。

あの日発病者が出たのは、ここだけではなく、日本中のあっちこっち。

そういえばニューヨークでも発病者が出たと、井上が言っていた。

直樹の背筋を冷たいものが流れた。