険しい表情で宙を睨む夏代子を、山神は黙って見つめていた…。
山神には、夏代子の想いが、手に取るように解る…。
自分の口から紡がれる言葉が、愛し合う者にとって、どんなに残酷な話しであるかも十分理解している…。
それでも…
夏代子は間違う事なく選ぶだろう…。
「…夏代子…」
山神の呼びかけに、宙を見据えていた夏代子の視線が彼を捉える。
黒目がちの大きな瞳だ…。
「…夏代子…、銀狼に想いを伝えたければ、生をつなげ…。
俺は、代々受け継がれるお前の血の中に、
『人柱』の素質と共に、『記憶』を封じる…。
お前の繋いだ生の中で、再び『人柱』が目覚める時、
お前の銀狼を愛した記憶は、その者の中で、思念として息づく…。
その時こそ、お前の想いを銀狼に伝えるといい…」
夏代子の山神を見つめる黒い瞳が、かすかに震えている。
わずかな希望を感じての事だろう…。
しかし…
山神は今から、更に残酷な言葉を彼女に告げなければならなかった…。
それを告げるのは…
山神にとっても非常に辛い事だ…。
何故なら…
聞かずとも夏代子の答えは解っていたからだ。
今宵程、自分の唇を重いと感じた事はない…。
それでも…彼は、重い口を開く…。
「だが…次代の人柱は…
お前のようであって、お前ではない。
お前の血に、記憶を刻むという事は、
血に、魂を刻む事だ…。
それによって、お前は輪廻の輪から外れ、
その生が終われば、お前の魂は消滅するだろう…」
すぐには、山神の言っている事が理解出来ない。
夏代子は黙って山神を見つめる。
「…つまり…
銀狼に想いを伝えるのは、悪魔でもお前の思念であって
お前ではない…。
お前自身が、銀狼にあいまみえる事は…
二度とない、という事だ…。
意味は解るな…?」
夏代子の黒曜石のような真っ黒な瞳は…
山神の辛辣な言葉にも、光を失わない。
山神の言っている事は…
夏代子もよく解っていた。
それは、輪廻によって生まれ変わり、再び銀狼と出会うという
かすかな望みの断絶を意味している。


