送り狼


今、まさに巨大な金色の光が銀狼を飲み込もうとした瞬間だった…。



凄まじい力に作り出された爆風に揺れる木々も、驚愕の表情で月明かりに揺れる銀狼の美しい銀髪も…


この世の全てが、その動きを止めた…。


『…な、なんだ!?これは!?』


不思議な事に、その止まった世界の中で唯一動けるのは山神だけだった。

山神は突然のこの謎の現象に頭を巡らす…。


そして…


山神の目前に姿を表したのは…



強い瞳で、彼をまっすぐ見つめる夏代子の姿だった…。


彼女のその姿は…

すでに、その存在がこの世の者でない事を表しているかのように

透明に透き通り、彼女の影で見えない筈の背後の木々を見る事が出来る。


そんな透明で頼りない存在であるにもかかわらず、

瞳だけは実態があるかの如く、強い光を放っていた…。


「…夏代子…まさかっ!お前がっ!?」


山神は驚きを隠せない。

夏代子は、強い瞳のまま、静かに口を開く…。


「…銀狼を殺させはしないわ…」


その静かな物言いは、ここら一帯の主として君臨してきた山神の動きまでをも止めたのだ…。


「…夏代子っ!!お前、まさか俺の力を使ってっ!?」


焦る山神に、夏代子は変わらぬ口調でゆっくりと語った。


「…私があなたなら…

 あなたは、私…。

 私に強い意志さえあれば、

 あなたのその強大な力を私も使う事が出来る…」


「………」


山神は口を瞑り、夏代子を見つめる。


「…あなたが、どうしても銀狼を倒すと言うなら…

 …私はそれを全力で止めるっ!!」


夏代子がそう叫ぶと、山神の身体が眩しい程の光に包まれたっ!!

山神の身体の奥が熱くなるっ!!

力の暴発だっ!!


ここに、山神神社の巫女達が受けてきた、

人柱になる為の教育が何の為であるかを伺い知る事が出来る…。


人柱は、山神程ではないが、強大な力をその体内に秘めている…。

その力が強大であるが故、常に平常心を保つ必要があったのだ。

神を翻弄しないよう、乗っ取る事のないよう…。


人柱が、山神の意思へ反発した時に起こる、力の暴発のないように…。


山神の強大な力と、人柱の強大な力が反発し、暴発するのだ…。

それが起これば、こんな小さな村など、その強大な力に一瞬で吹き飛ばされてしまう…。


それ故の、何も感じない、無表情な人形になる為の教育が必要だったのだ…。