送り狼


強い空気の振動は二度、三度と続く…。


そうしている内に、山神を通して人々のざわめきが聞こえてきた。


「…チッ…銀狼の奴め!」


大切な儀式を中断された山神は、不機嫌極まりないと言ったような口ぶりで呟く。


「…奴の邪魔が入る前に急ぐとするか…」


山神はこの儀式を完結させる為、さらに意識を集中させる。


「…夏代子ぉぉぉーーーっ!」


吠えるような轟が遠くから聞こえる。


その聞き覚えのある愛しい声に、失いかけていた夏代子の意識が蘇る。


『銀狼っ!?どうしてここへ!?』


夏代子の気持ちが騒めく。

騒めいた所で、原型すら留めていない夏代子には、どうする事も出来ない。


「…犬神だっ!犬神が攻めて来たぞっ!!」


「どうして犬神が!?奴は山神様の眷属の筈っ!?」


「そんな事は解らんっ!!奴はこちらに向かっている!

 儀式を中断する訳にはいかぬっ!全力で止めろっ!!」


神官達は口々に叫ぶ!


『銀狼、銀狼、銀狼っ!!!

 どうしてっ!?』


険しい顔付きで儀式を押し進める山神と裏腹に、

もう聞く事も、会うことも叶わないと思っていた愛しい人の、闇に轟くような吠え声に

夏代子の気持ちは激しく乱れた。


そして…

山神と一体化しつつある夏代子のその乱れた気持ちは

山神本人そのものの集中力を削いだのだ。

己の内にある夏代子の変化が否応なしに、儀式を中断させる。


「…夏代子っ!?」


山神は己の内にある夏代子の意識に問う。


『銀狼、銀狼、銀狼っ!!!』


失いかけていた夏代子の意識はその名を何度も繰り返すだけだった。


「…やはり…

 やりたくはなかったが…

 先に奴を始末する他ないようだな…」


残忍な言葉を口にした山神だったが、

その表情は悲しみの色に染められていた。