それからも連日撮影は続く。


《和宮》が江戸に輿入れする場面を撮り終えると、倉木さんは一旦この現場から離れて別の仕事に戻るらしい。



次に会うのは一ヶ月以上経ってからだ。


ある時倉木さんが私の近くに来て言った。



「如月さん、この前俺が言った句を覚えてる?」

「句…って《和宮》が江戸に発つ前に残したやつですか?」



(落ちていく 身を知りながら紅葉ばの 人なつかしく こがれこそすれ)……よし、覚えてた。



「台詞の一つだから覚えてますよ。どうかしました?」



これはナレーションで入る予定だから、直接撮影では言ってないけど。




「……それをね、琴子に言っておいてくれるかな?俺がそう言ってたってね。あいつ、俺とは顔を合わせないようにしてるから」

「えっ…と?どういう、意味…でしょう?」



言われてみれば確かに高橋さんはこの現場にはあまり立ち合っていない。


他の共演者の人達に気を使ったりして来てないのかなと思ってたけど……。違ったの?



「避けられてんのかな、俺。琴子に」

「……高橋さんはそんな事しないと思いますけど……」


倉木さんが苦手なのかな、高橋さん。だから私が撮影しているのに、現場にも来なかったとか言う?


でもなぁ。高橋さんは鉄仮面だもん。たとえ相手が嫌いでも公私混同はしなさそう。



「多分ね。俺の顔は見たくもないんだろうな。……でもさっきの句は伝えておいてくれる?」

「分かりました。今日にでも……」



ありがとう、と呟いて和装姿の倉木さんは去って行った。