「あなたは何もわかってない」清水が首を小刻みに振りながら言う。「記憶を失えば、一+一の簡単な計算や認知活動ができなくなる。妻や子供達との大切な思い出をなくし、新たなスタートを切ろうとしても、私は妻を再び愛する自信がない。感情をなくせば、犯罪者になるかもしれない。運動機能を失えば、妻を一生介護地獄に縛り付けることになる。そんなのは耐えられない。私がいなくなったほうが、家族は新たな生活をスタートできるんです」
「正常に意識を取り戻す可能性だってある」
知性を感じる喋り方は反論する余地を与えない説得力があったが、おれは執行官という怪しすぎるおやじの言いなりになる姿を他人でも見せられたくない。
「吸血鬼さん、ちょっとうるさいですよ」
執行官の声は氷のように冷め切っていた。



